先月、SOMPO美術館で開催されている『ウジューヌ・ブーダン展』を観てきました。
ブーダンはフランスの画家。19世紀の印象派の先駆けた画家で、クロード・モネの師ともいわれています。モネを戸外へ誘い、自然の息吹を感じるように勧めたのはブーダン。そしてモネは以後、自然の織り成す光や影をキャンバスに描き続けました。
ブーダン自身はノルマンディー地方で育ち、身近に海がありました。当時の画家は、戸外の景色を描く時にスケッチのみで、色彩をのせるのはアトリエでという作業だったらしいです。それゆえ、色のバリエーションはそう多くなくて固定的なものだったとのこと。オランダの画家ヨンキントの助言から、戸外で描くことを進められて、ブーダンは海辺へと出かけるようになりました。移り変わる光や風を感じながら、その瞬間をとらえてキャンバスに写し取っていく。彼の絵には、その一瞬しか見えない光が描かれていて、どうかすれば仕上げることのなかった絵がたくさんあります。放牧された牛の草をはむ姿、筋肉の動き、日の光、空の色・・・その一瞬だけを描きとった1枚の絵は、絵画としては未完成だけれど、見る者にはその一瞬の全てが見えるので完成品ともいえる。不思議な感覚でした。
今回の作品展は豊富で見ごたえたっぷりでした。私にとってノルマンディー地方は思い出のたくさんある場所。ディエップ、ル・アーヴル、オンフルール、トーヴィルなどは夫と一緒にドライブをした楽しい思い出があります。ずっと南下していくと私たちの大好きだったモン・サン・ミシェルまで辿り着きます。北海の海の色やほのかな光。海岸線に浮かぶいくつもの墓標と牧草地。色々な思いが交錯しながら懐かしい思いも込めてじっくりと鑑賞しました。
絵画展は私にとって五感を呼び覚ます、とっておきの大切な栄養素ともいえます。
「佐藤錦」というサクランボをいただいたことがあります。
ツヤツヤで実が大きく、果実の味が濃厚でとても美味しかった記憶があります。恭しくガラスの器に盛られたサクランボを、周りを見渡しながら、数を数えながら食べました。「ひと籠全部食べたい・・」という欲求に駆られながら、ひと粒口に含んでゆっくり味わいました。
サクランボはこの季節が旬です。
調べてみると、果物には珍しく身体を温める性質があるとのことです。食欲不振や胃の不調に良い果物だそうです。体の中に溜まった湿気を取り除いてくれて、お腹の張りをなくしてくれる心強い果物です。旬のものは、その季節の不調を取り除いてくれたり、活力を与えてくれる自然の恵みなんですね。
私の性格としては、サクランボは実が小さすぎてガツガツ食べられないところがちょっと不満。そして高価な果物は遠慮して、満足するまで食べられないので性に合わない・・・と思っています。
【芒種】ぼうしゅ
稲などの種をまくころ。そろそろ梅雨がはじまります。
以前のようなしとしと降り続く「梅雨」ではなく、ザッと短時間に滝のように降る「ゲリラ豪雨」が多くなりました。出かける時には晴れていても、いつ急転するかわからないお天気。カバンの中に傘を常備しないと不安ですね。
私は梅雨時期に足首を骨折するケガをしたことがあります。子育て真っ最中の時でした。次女を一時預かり所に送り届けるために慌てていたということもあるのですが、自宅前の道路へ一歩踏み出す際の段差、縁石が雨でぬれていて滑って転んでしまったのです。全体重が自分の足に乗って(!)骨折しました。原因は靴。底の減ったローファーが原因でした。痛い足をかばいながら次女を送り届け、整形外科に駆け込んでレントゲンを撮りました。先生が「あ~残念だね、折れちゃってるよ」という言葉に呆然として「今は腫れているからギプスができない。腫れがひくまで多分1週間かな。それまで一応固定しておくけれど、気をつけてね」と言われてもピンと来なくて、帰宅してタクシーでリハーサル会場に行きました。「塚本さん、顔色悪すぎ」と言われてすぐに家に帰されました。その後は各所にご迷惑を掛けながら、リハーサルや本番をこなしました。今考えると怖い…。その時は必死だったんですけれどね。整形外科の先生が「リハビリに通った方がいいけれど、子どもが小さいと無理でしょ。何か不具合があったらすぐに見てあげるから。」と言われてホッとしたことを覚えています。無我夢中の子育て期に、そういう言葉をかけてもらって安心しました。自分の感覚を信じて動いても大丈夫だよ、と言われたような気がしたからです。
以来、雨の日の靴には神経質になっていますが、それでも思わぬ時に滑って焦ることもあります。
スーパーやレストランの床にはご注意!
慌てずゆっくりとした行動を心がけたいものです。
ドイツに住んでいた時には、狭いアパート暮らしだったのでテラスに出て食事をすることができませんでした。特に初めの部屋は中庭に面していて、部屋の中が暗くて窓も小さく、洞穴のような雰囲気でした。引き籠って集中するには良い環境だったかもしれません。2件目はキッチンから掃き出しの窓があり小さなテラスがついていましたが、ダイニングに座って窓を開けるだけでテラスの雰囲気があったので満足でした。地域的に少し不安定なところだったので、あまり目立つことはしませんでした。周りの人たちもそういった余裕がないようでした。住む場所によって環境は変わります。
この時期になるとドイツ人は外に出ることを楽しみにしています。レストランやカフェは、天気が良ければテラス席はいつもたくさんの人でにぎわっています。店に入れば当然のようにテラス席に案内されます。ずっと気になっていたお店だけれど、どんなメニューがあるのか気になっていた場合は、テラス席に座る人たちにお料理をこっそりのぞいてジャッジすることもできます。「ふむふむ、なかなかボリュームが多そう」「お、サラダが彩りよくておいしそう」など、実際のお料理が見られるのは助かります。
友達の自宅へ招かれても、お天気が良ければ庭での食事。簡単な食事でも外の空気でよりおいしく感じられます。ヴァイオリンの師匠の家は、都市部から少し離れた小さな村にあって、自分たちでリフォームしながら建てた家でした。中庭の緑が美しくて、いつもお茶を飲んだり食事をする場所は庭でした。
そんな雰囲気を日本でも味わいたくて、我が家の庭はテーブルと椅子が設置してあります。去年のエクステリアリフォームの時も、条件の中に「外で食事ができるスペースの確保」というのは必須でした。見た目、デザイン、管理のしやすさは考えなければなりませんね。
暑すぎる夏の間はなかなか利用できませんが、そのほかの季節はなるべく外に出ます。
寒い冬に防寒をして温かい飲み物を飲むのも一興です。
今の時期は虫(蚊)の対策はしなければなりませんが・・・それでも外の空気は気持ちが良いものです。
今日は気温が高く暑い一日になりました。
紫外線の強さが目に刺さるような感じがして、近頃はサングラスが手放せなくなりました。数年前まではサングラスをすることに、少し抵抗がありました。不審者?カッコつけてる風?目が悪い?
まぶしいなぁ、と思いつつそのままで過ごしていました。
友人がカッコよくサングラスをしている姿に憧れながら、また、娘たちがそれぞれのスタイルに合わせてサングラスを使いこなしている姿を羨ましく思っていました。
それが・・・今年になって出かけるときはサングラスが必須になりました。
原因の一つとしては「まぶしすぎる」。
陽の光の強さが増したと感じるのは、年齢のせいなのか?自然界の変化なのか?または、歩いている時間が以前より増したからなのか?とにかくまぶしくてサングラスがないと目がショボショボすることが多くなりました。
あとは「人の目を気にしなくなったこと」。
以前は近所の人や知り合いに会うのが億劫だったり、面倒だったりしたのですが、今年になって全く気にならなくなりました。自分の中で、何か吹っ切れたモノがあったのかなかったのか・・・。どうでもいいや・・・という投げやりな気持ちも無きにしも非ず。
良い意味での「leave me alone」
ようやくこの言葉がつかえるようになった気がします。