【メンタルオーガナイズエッセンスセミナー】を開講しました。
メンタルオーガナイズの手法で自分の思考のクセを知る入門編。願望・感情・認知の3つの観点から思考と精神のオーガナイズを学べる講座です。講師としてセミナーを進めながら、自分も考え直すことがたくさんありました。「あれ、私はこの部分をこう思っているなぁ」「なるほど、そういう考えもあるね」と、向き合う受講生さんと会話しながら、頭の中にたくさんの引き出しが増えた気がします。
以前苦手だった部分の成長があったり、新たにコントロールしなければならないと思いついたこともあったり、受講生さんからの質問に答えることによって考えが深まったりして、良い時間となりました。受講生さんからも「しっかりとした内容だった」「自分で選ぶ・選んでいるということにドキッとした」「今夜○○だけやってみます」と何か行動してみようという気持ちになった様子です。
私がライフオーガナイザーになった理由の一つに、「メンタルオーガナイザーになりたい」という目標がありました。子どもっぽい自分の思考回路をどうにかコントロールしたい。承認欲求が強い自分をどうにかしたい。家族の中で右往左往していた自分が、メンタルオーガナイズを学んだおかげで小さな自分軸ができた気がします。その軸をしっかりと育てながら、これからも受講生さんと共に成長していきたいと思っています。
メンタルオーガナイズは終わりのない積み重ね。らせん状に自分自身を「もっとラクに、もっと生きやすく」導いていくもの。
今回はマンツーマンでの開講でした。他の人が一緒だとなかなかうまく話せなくて…という方にも対応しています。ご相談くださいね。
私の住む地方は、5月はさわやかな風の日が多く、湿気が少ないので気持ちよく過ごすことができます。もう少しすると梅雨らしい湿気を帯びた空気に変化して、暑さの厳しい夏を予感させる日々へと突入していきます。今年の夏も暑いのでしょうか?近頃の夏は本当に危険な暑さですよね…
この気持ちの良い時期を使って、夏を快適に過ごすことができるように準備したいものです。
連休中に、網戸の張替えを終えました。
ただ、張替えをしていない網戸はなかなか汚れているものです。この掃除の仕方も、間違えると逆効果になることを知りました。ついつい、ザザッと水拭きをしてしまいたくなるのですが、まずはホコリをとってからとのこと。やわらかいブラシ(私はやわらかいワイパー)を使って、程よい力加減で網をなぞっていきます。それだけでもきれいになりますが、もっと汚れが目立つ場合には洗剤をよく泡立てて網目にそっとのせて、その後は硬く絞った布で拭き取れば良いです。いずれも力を入れすぎないことですね。(力を入れると網がたわんでしまいます)
窓がきれいだと外の景色もホッと眺めたくなるものです。
50代後半になったら体力も少々減退気味。
一度に全部やらなくても、お天気の様子を見ながら進めていくことの方が大切です。
私も少しずつ進めています。
夏になったら、きっと暑くて動きが鈍くなるのは目に見えています。
快適に過ごせるように、ちょっとずつ先に準備をしていくことは、自分を大切にするステップなのだと思います。
心のバランスをとるとき、私は正反対のことをやってみることがあります。
予定をぎっちり詰め込んで動く日と、何もしないで庭でボンヤリ過ごす日。ハードボイルド系サスペンス物の本を読みながら、穏やかなエッセイ本を読む。気持ちの揺れ動きは激しくて、ちょっと疲れてしまうかもしれませんが、電池が切れたようにパタリとお布団に飛び込むのも悪くないものです。
そうすると、心が動いて身体が動くようになる気がします。私は自分を労わりすぎて動けなくなってしまうことがあるので、時々荒療治で「エイっ!」と自分に喝を入れる時もあります。
自分自身をコントロールできるのは、自分の性格をよく知っているからです。
どこまで自分を甘やかすべきか、どこまで自分を鼓舞させていいのか。その調整は自分が一番知っているはずです。「あ、まだ早かったな」と思えば休めば良いし、「お、もっと頑張れそう」と思ったらアクセルをグッと踏み込めばいいのです。
私は他に、ツボやお灸も取り入れています。
参考にしている本は『まいにちの東洋医学』(クボ鍼灸院・久保和也 朝日新聞出版)
季節によってゆらぐ体調を、二十四節気に沿ってセルフケアのアドバイスやコラムが載っています。かんたんな図解とわかりやすい説明で、ページのレイアウトの余白の大きさが魅力です。ササっと読んですぐに実行できる手軽さがあります。

そろそろゴールデンウィークの気配が感じられる日々でしょうか。
新年度・新学期の緊張した気持ちに余裕が生まれたころ、長めのお休みが入ってしまうと調子が崩れる方もいるでしょう。思っていたよりも頑張りすぎてしまったら、お休みの期間中に心身を整えるのも良いでしょう。
私自身は4月に入ってから、少しずつアイドリングを始めていたのですが上手く回らずここまで来てしまいました。今年は初めから本当に調子が良くなくて、目の前のタスクをこなすだけで前に進むような感覚がありません。同じところに立ち止まって、グルグルと同じことを繰り返し考えているような気持ちです。まぁ、そんなときもあるよね…と思いつつ、そろそろ何とかしなきゃ・・・と焦る自分がいます。
私の場合は、強制的に規則正しく生活してみようかと思います。
明日からの12日間。早寝早起き、食事に気を遣いながら、タスクをこなして1日の満足度を上げていくつもりです。
名付けて【ひとり合宿】。
ちょっとした楽しみもちりばめながら、自分自身を整えていきます。
私にはリサーチ力が足りない。
私の育った家族では、決めるのはいつも父が中心で、計画通りに上手くいってもいかなくても誰も文句も言わなかった。家族旅行の最盛期は父の海外駐在中だったので、姉が堪能な語学力を活かして計画の後押しをしてくれた。私は一番年下だったので、決定権も発言権も重視されていなかったのかもしれない。そのため、そういった計画をすることを経験せずに大きくなってしまった。大学時代も幹事のようなことができないし、苦手だった。友達におんぶにだっこ。留学中の旅行の計画や、自分の町を友人に案内するといったことも得意な方ではなく、ただひたすら散歩に付き合わせていたような気がする。知らない土地に行っても、知らないことが多いまま過ごしてしまった。
あの頃の私には『○○へいったら、○○をみて、○○を食べてたのしもう!』といった計画が全くできなかった。
「どこに行きたい?」「何が食べたい?」と言われても、リサーチするという考えがなかった。
「知らない土地だからどこを見ても楽しいはずだし、好き嫌いはないのでおススメを食べるだけで充分」といったはた迷惑な思考しかなかった。これでは記憶が定着しない。どの記憶もぼんやりしてしまうのだ。
今の家族でドイツとフランスへ出かけたことがある。短い期間だったが、その旅行は今でも記憶にはっきりと残っている。なぜなら、私がガイドブックを読み込んで、娘たちに見せたい場所や美術館、教会へのルートを細かに調べたからだ。まだ私自身がインターネットを使いこなせずに、本を買って調べた。娘たちに本物をみせたい!という意気込みからだったのだと思う。娘たちにヨーロッパへ行ったときは、その町の中で一番高い所へ行って周りを見ることを教えたのもその時だ。パリで初めて行った場所は凱旋門。あの屋上に登ればパリ市内のほとんどを見ることができる。凱旋門から放射状に延びる道。遠くに見えるセーヌ川、エッフェル塔、バスティーユ、モンマルトル。その光景を頭に入れて歩けば、街のどこあたりに自分がいるのかをなんとなく把握することができる。そして、歴史やそれぞれの関係する出来事をより深く理解することができる。
パリでの移動は歩きが基本だった。小さな小道や公園の花々を眺めて通り過ぎながら、歩いている人たちの服装をチラッとみたり、アパルトマンの窓やドアの装飾に心を躍らせたりして、多少雨が降っていても歩き続けた。疲れて不機嫌になっても、どんなに観光名所で長い列に並んでいても、ハッと感動した瞬間がすべての苦労を拭い去ってくれる感覚。その時の記憶は小さくても詳細まで鮮明だ。
その時から、私は準備することの大切さをしっかりと理解することができた。大変に遅まきながら・・・
計画しすぎて窮屈なこともあるが、安心安全のためには大まかな区切りは必要だと思っている。一人旅でも、ザックリとした計画を立てながら、その時の体調や気分で少しずつ変更していくこともできるようになってきた。そのためには、リサーチ力。調べることでトラブル予防にも、安心にも、自分の体調にも役に立つ。
そう、変更可能な旅は贅沢だ。