塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2025/02/01
32「本物をみる」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私はテレビをあまり見ません。
気になる番組をサクッとみて終わり。
ドラマもニュースも見ません。
(子どものころに見すぎたのかも)

先日、夕食を食べ終わり
なぜか久しぶりに天気予報でも見てみようか、とテレビをつけたら
大迫力の女性歌手が歌を歌っていました。
「あれ、ミュージカルの曲だけど、なんだったっけ?」
と思いながら釘付けになりました。*

我が家のテレビは大したものではなく
(どちらかというと小さい)
スピーカーもテレビ付属のものなので
ものすごく音が良いというわけではありません。

でも、その歌手の歌う
歌詞に表情があって
メロディーとリズムに躍動感があり
心臓を鷲摑みにする声量に
身動きが取れなくなりました。

本物ってこういうことよね・・・

表現するものにきちんと焦点が合っていて
伝えたいことが率直
確かな技術の上に
その人自身の個性が加えられると説得力が増す

アレコレ小細工しないで
straight forward

清々しい思いが駆け巡りました。


自分の道を愚直に歩いていこう、と
改めて思った夜でした。



*ミュージカル「ウィキッド」より Defying Gravity








2025/01/31
31「ヴァイオリンの乾燥対策」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

お天気の良い日が続いています。
太陽の陽ざしがまぶしい。
朝起きてお天気が良いと
それだけで得した気分になりますね。

しかし・・・乾燥が激しいです。
手荒れ・顔がパリパリ・きっと体の中もカサカサで
水分が足りていないのを感じます。
自分自身のケアは、自分で何とかできますが
さて、ヴァイオリンはどうなんでしょうか?

もちろん乾燥しています。
基本的にヴァイオリン自身は西洋の楽器なので
乾燥したヨーロッパの風土に合わせて作製されています。
乾燥に関してはそれほど神経質に考えなくても良いと思いますが
近頃の日本の気候変化には
ちょっと注意が必要かもしれません。

近年の日本は暑くて長い長い夏。
湿気を含んだ空気、とにかく気温の高い毎日。
楽器も人間もヨロヨロになります。
それから
急激に冬に移行してあっという間に厳冬時期。
この頃は秋という季節がほとんどありません。
降水量も急激に減ってしまう関東地方の気候は
ヴァイオリンにとって過酷な状況です。

私の場合は12月のリサイタルを終えた後は
楽器も私も休養時期のため
細かい状態の把握ができていない場合もあります。


なんだか音がバラバラになっている
カサカサした音がする
???
なんだかおかしい・・・(感覚だけ…)

そんな時はたいてい乾燥していることが多いです。
私の楽器には湿度計がついているので
チェックしながら
適宜加湿器を楽器内に入れています。

以前の私はこんなものを活用していました↓

https://item.rakuten.co.jp/miyaji-onlineshop/sr19-7203/

楽器のエフ字孔から差し込むという
単純な道具です。
  • 3時間くらい水につけておく
  • 内部のスポンジを十分に水で湿らせる(コップに水をためてその中に浸しておく)
  • 外側の水滴をきちんとふき取ってエフ字孔から差し込む
演奏するときには外しますが
そのほかの時に楽器を内部から加湿をしてあげることができます。
しかし
  • 楽器に直接触れるのが気になる
  • エフ字孔が小さすぎて入らない
などの不具合があります。


長女が使っているものがコレ↓

https://item.rakuten.co.jp/mikidj/898775001052/

ジェル状になっているので液だれすることなく
楽器内ではなく楽器ケースの内部にくっつけるタイプなので
安心感はあるかもしれません。



私自身は
もともと楽器に装着してあった加湿ケースを
そのまま利用しています。

楽器自身の耐久力も大きく左右されるかもしれません。
制作されて年数の浅いものは
まだまだ季節の経験が少なくて不安定ですが
オールド楽器は長年の知恵から
楽器自身が順応しているような気がします。


楽器を弾く自分たちが
ヴァイオリンと対話して調整することが大切です。





2025/01/30
30「音楽の道・娘たちの場合」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

我が家には二人の娘がいます。
どちらも音楽の道を修行中です。

さて、生徒さんに対しては辛抱強い私ですが
やはり自分の子どもになると
そうもいかないことは
早い段階でわかっていました。
そのため、娘たちの手ほどきの先生は私ではありません!

長女は半ば私の勉強のためにつき合わせたようなもの。
(初心者さんの指導に詳しいベテランの先生だったので
レッスン方法などを学びたかった)
次女は長女のレッスンに毎度付き合っていたのでその流れで一緒に。
・・・
大きな志があって始めたわけではないので
いつ辞めてもいいよ、というスタンスでした。
音楽家は一家に一人で充分、と思っていましたから。
ただ、レッスンとレッスンの間は私がチェックしなければなりません。
その時は辛かった・・・

音程の悪さにキレること数え切れず
練習を促すのに必死の形相になる(自分の母の姿を思い浮かべながら)
レッスンへの心構えをひたすら教え込む
考えをじっと待つのも、生徒さんと比べて5分の1くらい
早くしなさ~い、と叫ぶのは毎度のこと
・・・
そのほかにも自分の問題も山積。
レッスン料の新札交換に銀行へ走る
自宅練習時間の配分と練習時間に付き合う自分の時間の確保
(自分の練習もしなくちゃならないけれど、日中は確保できないので
ほぼ夜中にキッチンで練習・体力温存)
レッスン時間に間に合うように二人のスケジュール管理
・・・
習い事をするのは本当に大変です。
自分で練習することができるようになるのは小学校高学年くらい。
それまでに整えておけば
その後は少し遠くから見ることができます。
私はわかっているけれど
本人たちが自分で理解できるようになるのは
また別の話。

「お母さんがヴァイオリニストで良いね」
なんていう言葉は、はっきり言って
「放っておいて~」です。

あちこち寄り道しながら
試行錯誤して
ふりだしに戻ったり
モチベーションが空っぽになったり・・・
全然余裕がありませんでした。
・・・
私は娘たちに、
あの頃どんな思いでヴァイオリンを弾いていたのか
怖くて聞くことができません。
でも、未だに弾いているということは
無駄なことに時間を費やしたわけじゃない・・・と思いたいです。
何か学ぶことがあったから
続けているのだと。

学んだことが、ヴァイオリンを演奏することだけではなくても
音楽を通して経験できたこと
社会生活でも、コミュニケーション術でも
歴史の勉強でも、心理学でも良いと思います。


もし娘たちが音楽以外の道を見つけたとしても
その道を極める素地はちゃんと整っていると
自信をもって見守ることができると思います。

自分の人生は自分で舵を握るべし



2025/01/29
29「冬の日の遊び・音」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

陽の光は暖かく感じても
風の冷たさはやはり身に沁みます。

子どものころ、田んぼの近くに住んでいました。
四季を通じて田んぼの表情の変化を見て育ち
今でも懐かしく思い出します。
今住んでいるところも、ほんの5分ほど歩けば
田んぼがありますが
気がついたら畑に変わっていたところが多いです。
お米作りはやっぱり手間暇かかりすぎるのかしら?

私は冬の田んぼが大好きで
よく友達と遊びに行きました。
お互いに持っているお人形が少なかったため
家で遊ぶより
外で飛び回っているほうが楽しくて
次から次へと
日がな一日遊んでいました。

寒い冬の朝、友達と待ち合わせて田んぼに行くと
霜柱が立っているのでそれを片っ端から踏んでいく。
(今思えばよく怒られなかったなぁ・・・)
ガサガサ
ぽこぽこ
ゴボゴボ
ざくざく
霜柱の大きさによって音が違う。

友だちと追いかけっこしながら田んぼを走り回って
飽きてきたら
田んぼに隣接する野原で
セーターに「ひっつきむし」をくっつけて
自作のブローチにする遊び。
冬の陽だまりはほんのりあたたかくて
大きな枯草のドームを秘密基地に
カサカサと枯草を踏みつけて
探検ごっこ。

夕方になってうす暗くなってきたら解散。
家に帰ると母がストーブの上で
干し芋を炙っている。
ジリジリという音を聞きながら
美味しそうな香りがしてきたら食べごろ。
アツアツの干し芋を食べて
ヴァイオリンの練習へ・・・

私の4歳ころの思い出は遊んでばかり。
それも外遊びばかり。

でも、覚えているのは
枯草のぱりぱりする音
遠くから聞こえてくる飛行機の音
霜柱の音
キーンと寒い空気の音など
どれも「音の記憶」です。


今でも夕方になると
ご近所のいろんなお宅から聞こえてくる
お皿のカチャカチャいう音や
ボッと音を立てる給湯器の音や
カラン・・というお風呂の音に
耳をそばだてる私がいます。









2025/01/28
28「本物の生徒を育てる」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「本物の生徒とは、自ら学び続けていく人」

どこかで目にした言葉なのですが
私がとても好きな言葉です。

先生として教える側になったとき
生徒さんにはいろいろな事情があって
いろいろな問題を抱えて
どんな思いでヴァイオリンに向き合っているのかを
それなりに見てきたつもりです。

私自身の指導方法は
どれだけ早く弾けるようになるか・・・
コンクールで賞をとるには・・・
といったものではないので
その生徒さん自身が
どれだけヴァイオリンを自分に引き寄せていくのかを
お手伝いしている感覚です。

ヴァイオリンという楽器をリスペクトしましょう!
ヴァイオリンで何を伝えたいのか考えましょう!
自分自身を整えてヴァイオリンにむかいましょう!

そういったところから
レッスンを始めていきます。
そのため、他力から始めた生徒さんは
そのうち自分で考えることが多くなり
「どうしてそう思う?」
「その場所はどんな気持ちで弾くの?」
「あなたはどう思う?」
という私の質問に、常に、自分で答えなければならなくなります。

ずっと黙っている子。
オドオドする子。
キョロキョロして親に助けを求める子。

じっと黙って待ちます。
見学している親御さんの方がドギマギしていますが
辛抱して待ちます。
誰も助けてくれない、
話すまで先に進まないと観念するのか
しばらくすると、なけなしの考えから
ポツリ・・・と言葉が返ってきます。

ひとことで良いのです。
その言葉から、彼らの思いが伝わるからです。

その方法に慣れてくると
彼らは少しずつ自分の気持ちを
言葉にして伝えてくるようになります。
自分で考えるようになるのです。

私の役割は
彼らの思っていることを汲み取りながら
新しい分野・視点を提供することです。
彼らの伝えてくれた言葉を内包しながら
枝葉を広げて
音楽が立体的に
裏付けのある
説得力のあるものに変化する。
それが、音楽を演奏する(再現する)ということだと思っています。

私の生徒さんは
基礎をしっかり学んでいるので
途中でやめてしまってたとしても
やっぱりもう一度、と
再開するときに
それほど苦労はしないでしょう。

弾いていなかったときにも
常に学び続けていたはずですから。




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