塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2025/12/04
338「ベートーヴェンとともに歩む 2025」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今年のリサイタルは
ベートーヴェンのソナタの完走記念。

2014年に第2番から始めて(2番の方が先に作曲された)
途中、コロナ禍で3回のお休みを挟み
2023年に2曲を演奏し
2025年に10番目まで辿り着く
長い長いプロジェクトでした。

始めた当初は気軽な気持ちで
「これでしばらくプログラムを考えなくてもよい!
少なくとも半分くらいは・・・」と
ウキウキした気持ちでした。
毎回のテーマを決めながら
プログラムを考えることは
なかなか難しいものです。
ひとつテーマ(ベートーヴェン)が決まっていれば
その手間が省けます。

ベートーヴェンのソナタを
1曲ずつ演奏しながら
その周りをどう彩るか・・・
どのようにテーマを考えていくのか・・・

ベートーヴェンという『軸』があれば
その先を組み立てるのは得意でした。

予期せぬコロナ禍のあと
七転八倒した日々。
暗澹たる思いで紡いだ音の数々。
何度涙しながら
「なぜ、どうして・・・」と虚しい問いかけをしながら
リサイタルの準備をしたことか。

それでも休むことなく続けてこられたのは
私の演奏を楽しみにしてくださる方がいるから。
とちゅう、それが好奇のまなざしに変化していたとしても
自分の揺るぎない思いを
演奏に乗せる強さにしたいと思ったから。

この2年間のリサイタルには
窺うような
好奇の気配
憐れみを感じました。

今回は
私の演奏を
本当に聴きたい方がいらっしゃると信じています。

私が発信するものを
受け手の聴衆も心して聴いてほしい。
【本物を届ける】ことは
作曲家の声を届けることでもあるし
演奏者の思いを音に乗せることでもあります。

長い長い年月でした。

ベートーヴェンは
静かに
そして確かに
私の傍らに存在していました。

その「鼓動」
そして私自身の「静かなる躍動」が
私の生きる源。

「死」を乗り越えたり
肯定したり
納得する気はさらさらなくて
毒をそのまま自分に取り込んで
全てをひっくるめて
飲み込んでしまおうとおもう。

「生きる」って生易しいものではない。

地団太踏んで
泣き叫び
感情をむき出して
拳が血でにじむほどにドアをたたく

それが私の生き方になるのかもしれない。








2025/11/28
332「リハーサル風景」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

リサイタルへ向けてのリハーサルが本格化してきました。
自分の練習もそうですが
ピアニストとのリハーサルも
本番が近づいてくると緊張感が増します。
自己練習だと問題ないのに
合わせてみると自分の音が全然マッチしていなかったり
リズム感のズレが「?」となって
改めてお互いの考えを伝えてみたり。
短い時間の中で
どれだけ自分の音楽を相手に伝えるのか
集中力マックスで頑張っています。

「ごめ~ん。もう一回お願いします~」
「あの場所はどんなふうに弾いているの?」
「ここはどう弾きたい?」
「このタイミング、どうだと思う?」
様々な会話をのせて音楽が形作られていく過程が
とても楽しく感じます。
お互いの感覚をすり合わせながら
音を紡ぐ時間は本当にかけがえのないものです。


今年は曲数も多いので
合わせる時間もかなりタイト。
最後まであきらめずに
しっかり準備していきます。






2025/04/24
114「12月のリサイタルの曲を決めています」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「クラシック音楽しか聴かないんでしょ?」

と言われることがあります。


私はどちらかといえば、クラシック以外の曲しか聴いていないかもしれません。

家に帰ると「アレクサ、音楽を流して」と言って、延々とジャズの曲を流してもらいます。

無音だと寂しい時に、頭を使わなくてよいクラシック以外の曲は耳の疲れを癒してくれます。


クラシックを聴く時は、勉強モードの時。

自分の勉強している曲を真剣に聞きながら、

耳コピしてみたり、

同じ曲を何回も聴きなおしたり、

演奏者を変えて聴いてみたり、

楽譜やピアノ譜を見ながら書き込みをして、

メモを取っていることがほとんどです。



媒体はCDが多いです。
ジャケットの写真を眺めたり
曲目解説をぼんやり読んでみたり。
インスピレーションをもらえるところを
探し出すようにしています。


今は12月のリサイタルで弾く曲の最終決定をしなくてはなりません。

ほぼ決まっているのですが、なかなかあと一歩が決まりません。

聞きに来ていただくお客様に、満足していただけるように

もう少しだけ悩むことにしましょう。




2025/04/18
108「コンサートのアシストは家族全員で」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

娘たちが幼いころから、コンサートのお手伝いをするように促しました。

1時間のレクチャーコンサートを開催していた時は

会場のセッティングからコンサート運営まで一人で担っていました。
そのため、家族のお手伝いは必須。
もちろん、娘たちの手も借りました。

受付に立ってニコニコとお客様をお迎えすること、

お客様にアメをお配りすることなどから始まり、

そのうち受付業務、対応、お客様のお席への誘導などの表の仕事から、

サウンドチェックや

ピアニストの譜めくり、

バックステージの業務など、

コンサート全般のアシスト業務をこなすようになりました。


中学生くらいには、ほぼすべてのことを仕切れるくらいになり、

そのうち私よりも機敏に動いて素早い対応ができるようになってしまいました。

姉妹で手分けしてお手伝いすることもあれば

一人だけが全部の役割を担うこともありました。


私のコンサートにはほとんど同行して、

客席で聞いていたり、

お手伝いをすることが当たり前でした。

他の音楽家から

「コンサートの仕事に行こうとすると、すごく嫌がって泣かれてしまう」

といった話を聞くこともありましたが、我が家は「コンサートは家族行事」というような位置にあったように思います。

それには夫の協力が大きかったです。

コンサート会場までの送迎、娘たちの世話、お客様対応など、表や裏で走り回っていましたから。

でもそれも、娘たちが高校生くらいになると役割が減ってきていました。

そのうち、娘たちのコンサートで手伝おうと思っても、逆に足手まといになっていました・・・私も含めて・・・



私の子育て時期は、

娘たち中心の生活ではありましたが、

「どうやったら自分が音楽家として動きやすくなるか」

ということを常に考えていたかもしれません。


いただいた演奏機会をきちんとこなすこと。
自分で企画運営して演奏機会をつくること。
自分の技術をゼロにしない努力。
自分だけではできないことを、頼れる人に任せること。

それは、その後の私を助け、さらに娘たち自身にも役立つことだったようです。




2025/04/17
107「子どもが赤ちゃんのときの練習方法」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

キッチンは私の練習場所でした。

昼間のキッチンは娘たちのために食事やおやつを作り
夜になるとヴァイオリンのケースを広げて
特大の消音器をつけて練習。

長女が赤ちゃんの時は
ベビーベッドの横にモニターを置いて
フェッ、フエッとぐずりだす声が聞こえると
楽器を置いて2階へ飛んでいき
しばらくなだめてから戻ってきて練習。

細切れの練習しかできないので
弾けない場所を頭に入れて
どのように練習するかを常に考えていました。
  • メトロノームと一緒に練習する。
  • 左手を中心に8小節だけ反復練習する。
  • 右手の運弓を確認(移弦やとばしの場所など)
音程の練習がなかなか大変で
消音器をつけていると微妙な音程がわからなくなって苦労しました。
スケールの練習も2オクターブくらいをひたすら弾くばかり。
重音の練習も音程がわかりにくくてあまりできませんでした。
通算で1時間も弾ければ良い方でした。

通しで練習したいときは
休日などに娘たちを夫に託して
3時間くらいの間に弾きまくる・・・
やっと時間ができても
体力・気力が続かなくて
へたり込むことも多かったです。

キッチンで練習するときは
カレーやシチューを煮込んだり
当時は味噌づくりもしていたので
大豆を茹でていました。
日々の作り置き、お弁当の下ごしらえなども。
短い練習を終えると
本当だったらビールかワインでも飲みたいけれど
そんな気力もなく布団に倒れ込むような日々。

その時は
「弾くのをやめてしまったら、戻れない」という
悲壮感が漂っていたかもしれません。
私は自分が怠け者だということは自覚しています。
弾かなくなってしまったら
そのままヴァイオリンを手に取らなくなってしまうかも・・・
そんなこともあり得ると思っていました。

ちょっとでも弾くことを目標に
演奏機会をいただければ
なんとか全力で弾くことに集中しました。
演奏技術的には
衰えてしまったところもあるかもしれません。
でも、ずっと休まずに続けてこれたことは
私の誇りであり
家族の協力のおかげだと感謝しています。


今ではすっかり座らなくなった
キッチンのアイランドに備え付けてある高椅子。
実家の自分の部屋から持ってきた椅子なので
もう、すでに35年以上の相棒。
夫が夕食を食べる
私が一人で昼食を食べる
娘たちが朝ごはんを食べき
思い出の多い
ずっと記憶に残る家具の一つになりました。




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