塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
 

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2026/06/21
172「夏至」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

太陽が最も高い位置にあり、1年で一番昼が長い日。暦のうえでは夏のまんなかです。

 

ヨーロッパに住んでいるときは、この時期が一番気持ちよくて街ゆく人たちも夏のバカンスを前にウキウキした様子でした。学校なども州によってはお休みに入るところもあったり、劇場もシーズンの終わりが見えてきて、団員たちもバカンスの話で持ちきりでした。

楽団員の中に、バイロイト音楽祭の祝祭管弦楽団で演奏しているおじさんがいて、毎年「今年も行ってくるよ!」と嬉しそうに、早めにシーズンを終えて休みに入る人がいました。私の所属していたオーケストラは、ワーグナーの作品を数多く演奏していました。ワーグナーの作品は、全体を統括する指揮者の力量が大いに問われます。オケには古参の指揮者がいて、その方がワーグナーを振るときはとても安心感がありました。オーケストラに任せて自由に弾かせてくれるところと、歌い手と細やかにコンタクトを取らなければならない時には的確な合図を的確なタイミングで指示するなど。本当に素晴らしい指揮者でした。私にとっても貴重な経験で、ワーグナーのオペラをほぼ全部弾くことができたのは心の財産です。長時間の演目が多いので、演奏も大変でしたが「ニーベルングの指輪」を含めて素晴らしい作品に浸ることができました。

団員の中で定年間近のおじさんたちからは、彼らの若かりしときの話をたくさん聞きました。録音技術の黎明期のレコーディングの話や、伝説的な指揮者と一緒に演奏旅行をした話など。本番前に楽譜にかじりついて必死に練習している私に「ここはね、恋の歌を歌っているんだよ」と、歌い手と同じ表情になって私の緊張を緩めてくれたりしました。ワーグナーの作品は平均5時間前後。新演出のためのリハーサルがなければ、新人団員はすぐに本番です。「ひ~・・・」と心で叫びながら弾いていました。


バイロイト音楽祭は今年150周年という記念の年らしく、賑やかに開催されることでしょう!

ワーグナーのオペラ、また弾きたいなぁ。


2026/06/09
160「サックスコンサート」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

サックスのコンサートを聴きに行った。

word,without words/yoshida mitsunori

(saxophone/flute YOSHIDA Mitsunori ・ Pianoforte TAKADA Yukie)


土曜日の夜8時開演で1時間のプログラム。

1日の予定をこなしてから準備をして、のんびりと出かけて1時間という時間を楽しく過ごしてサッと帰宅する。なんとも軽やかで負担の少ないおでかけ。その日は朝からガッツリ掃除をして、様々な手続き系を神経すり減らしてから、少し重めの昼食を食べて作業。一段落したところで準備をしてからコンサートへ向かうという段取り。帰宅してから軽食を食べて寝るだけ。本当に素敵な時間の過ごし方ができた。


サックスという楽器を良く知らない私には、良い意味で無責任に楽しんで聴けるところが嬉しい。どんなに難しいテクニックかも知らないし、管楽器の表現方法は弦楽器とちょっと違う感じでサックスの音をなぞるのも物珍しい。

夫が「老後の楽しみにサックスを習ってみたいなぁ」と言っていたので「あら、吉田さんに習えばいいわね」と言っていたことをいつも思い出す。

夫が住んでいたドイツのマンションは1階に歯科医が住んでいて、夜になると照明を暗くしてサックスの練習をしている姿が見えた。ちょっと気晴らしに吹いているといった風情で机に寄りかかって低い音でバラードを吹いていた。二人で「かっこいいねぇ・・・」とそっと覗いた小さな思い出。


今回は荒井由実のセカンドアルバムをサックスで表現していくという企画。

歌詞がなくメロディーだけだけれど、不思議としっかり歌詞が聞こえてくる。それは吉田さんの楽器に吹き込む息がちゃんと歌詞をなぞっているからなのかなとも思う。ため息のようにうたう、熱量高めにうたう、色とりどりの音がそれぞれの曲に表れてくる。

吉田さんとは聖路加国際病院でのボランティア演奏で知り合った。控え目で優しい音を出す人で、私は特にこの「word,without word」のシリーズがとても好き。多彩な人なので他の演奏も魅力的なのだが、このシリーズは聞き逃さないようにしたいと次回も期待している。



2026/05/28
148「音の色」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

5月が終わりに近づいてきました。

ふと外へ目をむけると、木々の緑が深い色になっています。あくせく暮らしていると、周りの色が見えなくなっていることがあります。


お花のサブスクを始めて3年が経ちました。

初めた理由は亡き家族のために、いつもお花が欲しかったからです。その頃は買い物へ出かけてもお花を買う余裕がなく、写真の前が寂しくなっていくのを悲しい気持ちで眺めていました。お花屋さんの華やかな雰囲気にそぐわない自分の心の色と、乖離を感じていたのかもしれません。お花を選ぶということも放棄したいような・・・。そんなとき、SNSで流れてくるお花のサブスクを知って、それぞれの月命日に合わせて注文することを思いつきました。これで安心して自分の作業に没頭できる・・・お花屋さんで寂しい気持ちにならなくて大丈夫、とホッとして嬉しい気持ちになりました。

季節によってアレンジされて贈られてくるお花たちは、いつも生き生きとしていてエネルギーをもらうことができます。悲しい気持ちはそのままでも、そっと寄り添ってくれるお花たちにどれだけ助けてもらったことか。そして、その気持ちが自分自身を思いやる気持ちへと静かに変化していくことの安堵感。「大丈夫。安心して生きていて良いんだよ」と伝えてくれる花の命に、いつも感謝しています。

その後はサイズを替えてみたり、配達回数を制限してみたり、色々と試しながら今の方法に落ち着いています。お花だけを見つめていた時期から、今は少し外の緑をゆっくり見つめる余裕ができました。駅まで歩く途中の木々の移り変わり。季節によって変化する緑の色。

ずっと同じことを続けるだけが良いわけではなく、その時の気持ちや状況によって変化することも大切なことだと気づかせてくれました。

それらが、私の音楽の核となって表現できたら・・・といつも願いながら音を紡いでいます。

 


2026/05/08
128「ヴァイオリンの練習・今と昔」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私はヴァイオリンの練習が好きではなく学生時代もあまり真面目ではなかったです。

私が育った家庭はごく普通のサラリーマン家庭で、音楽家の家庭ではありませんでした。すべてが手探りの状態でした。私自身はヴァイオリンにのめり込むわけでもなく、ずっと続けていることが当たり前になっているような感じでした。ヴァイオリンを習っていることが珍しい時代でもあったので、特別感に浸っていたのだと思います。姉の方が真面目に将来を考えていて、ドイツの音大に17歳から在籍して大学院まで学位を納めました。そんな私も音高の入学した時点で音楽家の道を選んだことになり、そのまま音大・ドイツ留学・オーケストラ団員といった道を進みました。今思えば、もう少し学生時代に練習時間の使い方を工夫していればよかったなぁと思います。

学生時代の練習時間は無尽蔵・・・その境遇を享受していたら・・・もう少しそのほかのことに頭を使うことができたかもしれなかった・・・と思います。

学生時代はとにかく周りについていくことに必死でした。ヴァイオリンや音楽について幼いころから一心不乱に過ごしていた仲間たちの間で、自分の立ち位置に踏ん張ることが必須でした。それまでのんびりと過ごしていたたため、落ちこぼれから始まって、その後も一生懸命に同級生との差を縮めることだけに集中した日々。なんとなく窮屈だったけれど、一緒に過ごした仲間たちは優しくてまっすぐで、気持ちの良い人たちでした。練習時間をどのように効率的に使ったらよいのかわからなくて、それでも長時間の練習ができなくて・・・(基本的にはラクをしたいナマケモノ)中途半端な学生でした。ドイツ留学中も、練習より自分の興味が文化歴史、多国籍の中でどういう風に過ごせばよいのか、どう振舞えばいいのか・・・といったことに必死でヴァイオリンの練習は二の次でした。

その延長戦でドイツから帰庫して結婚後もノンビリモード。ヴァイオリニストというプライドを捨てることができず、ある意味仮面をかぶって過ごしていたような気がします。ヴァイオリニストとしての矜持は捨てたくないけれど、今目の前にあることも完璧に遂行したい・・・それぞれを逃げ場としていたのだと思います。子育て期は本番前に危機感に迫られて練習時間を捻出。大きな弱音器をつけて夜な夜なキッチンで練習する日々。どうしたら効率的に仕上げることができるのか・・といったことを真剣に考えていた時期でした。本番があるから頑張る。間に合わせるために夜な夜な練習することが当たり前と思っていました。その練習は本番だけのものであって、自分の技術を維持するものではなかったかもしれません。とにかく弾くこと、続けることに意義があると思っていました。

子育て卒業期は自分より娘たちの練習時間を優先していたため、練習時間は日中のみ。誰もいないときに、本番の曲を練習する日々。しばらく本番がなければすっかりお休みモードでした。その頃はPTA活動やその他の活動に時間を割いていて、自分に言い訳をしていました。そして50代後半。改めて勉強しなおす時期にきています。基本練習の見直しと身体に負荷のかからないように姿勢を調整しながら進めていくことが重要なことだと切に思います。ようやく、本当に練習するということの意義にたどり着いたような気がします。

今更…と思うほど時間が経っていますが・・・

 


2026/05/07
127「耳が開いていく」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

無伴奏曲を弾き続けていくと、お客様の反応にも変化が見られました。

「無伴奏を聴いていると引き込まれていく」

「ヴァイオリンだけではない音まで聞こえてくる」

といった感想が寄せられるようになってきました。耳が開いてきているんだな・・・という感じがしました。聴き慣れている音だけを拾う耳ではなく、聴き慣れない音も「主張している音」として耳に残るようになってきている、と感じてもらえたことがとても嬉しかったです。ずっと聴き続けることによって抵抗感がなくなること。驚きや戸惑いも許容できるようになる耳。お客様自身が自分なりの聴き方を模索できるようになることは、音楽へ積極的に関わる姿勢だと思います。そのころには私のリサイタルは「知らない曲を聴ける」というような評価に変わっていきました。そして、そのことを楽しむお客様が増えてきたことは確かな進歩でした。

 

バツェヴィッチ、ハルトマン、シュニトケ、ペンデレツキ、プーランク、ブロッホ、レーガー・・・

ハードルの高いと思われる作品たちも、曲目解説や時代背景のつながりを意識しながら聴いていただくと、ちょっとずつ理解が深まっていくようでした。そのために私自身も勉強しなければならないことが山ほどありました。作曲家のことはもとより、その交友関係、時代背景、音楽家の生き方、影響などをMCにまとめるには時間が必要でした。以前に比べれば、ネット検索で調べられることも増えました。大まかに調べて事実確認をした後、最後の味付けはいつも自分の感覚と経験談でした。演奏中に解説するには短い時間で印象的な言葉が必要です。「演奏」と「話す」ということは同じように外へ向かって発するものですが、全く違う役目です。その切り替えをどうしていくのか?私にとって今も課題です。さらに当時は練習時間の確保も切実でした。子育ても少しずつラクになっていく時期でしたが、まだまだサポートは必要でした。競泳選手の次女を送り迎えする毎日。車での送迎は週に100㎞を越えていました。毎週末の大会への付き添いは夫の役目になりました。長女は難しい思春期にさしかかり紆余曲折しながら模索している中、私自身もPTA活動に積極的に参加することも多かったので本当に無我夢中でした。時間枠をパズルのように組み立てながら、練習時間とリハーサルを組み込む日々。家族が全員参加で、それぞれが家族の応援団になる。私にとっては「生きている」「自分のやるべきことに焦点が合っている」ということを実感できる充実した貴重な毎日でした。