塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2025/02/27
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

好きを深堀りしている今。
なぜか
「文武両道ですね」と言われることが多いのですが
勉強関係は本当にポンコツです。
運動神経だけは
持って生まれたものらしいので
自信があるのですが・・・
(3歳で体操選手にならないかと
体育大学の先生にスカウトされ
小学校3年生でテニスの選手にならないと
ドイツ人のコーチにスカウトされ
29歳で初滑りのスキーも
一応なんとなく
普通の中上級コースは滑れる。
メチャ怖くて叫んでいるときも多いけれど。
娘たちに逆上がりを伝授するときも
手本を見せられるくらいだったり
縄跳びも二重飛びは飛べた。
50メートル走も50歳で10秒くらいで走ってた。)

勉強に関しては本当にイマイチ。
小中学校で書く作文は
常に母の検閲があったので
作文コンクールで
入賞することもあったけれど
他力本願。
数学や物理、化学になると目が宙をさまよって
アタマに入ってこない。
公民、地理もイマイチだけど
歴史だけは好きだった。
(大学生の時に
NHKの市民講座【古代オリエント史】を受講して
すごく楽しかった記憶がある)

音楽の授業に関しては
「音大目指すならもっと努力しよう」なんて
成績表に書かれるくらいできなかった。
教科書に書いてあることが覚えられない・・・
娘たちが教科書通りにちゃんと覚えて
テストの点数をきちんと取っていることを
ものすごく尊敬していました。

その後も
できないことは多かったけれど
ほんの少しずつ
「できそう」
「できるかも」
「できた」
の積み重ねで
生きてきています。

へなちょこで
ポンコツ
今でも
「なにやってんだか~」って
落ち込むことも多々あります。

でも
時間をかければ何とかやっていける
という
小さな希望で生きることも
悪くないよね、と思っています。






2025/02/26
57「好きを見つけるのは、なかなか難しい」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「好き」を見つける作業は
過去を遡ることになるので
ちょっと苦手だったりします。
私は、過去を踏み倒しながら
過去を咀嚼し尽くして
過去に蓋をして進んできたから。

楽しかったこと。
嬉しかったこと。
笑顔の思い出だけを
自分のアルバムにとどめておきたいから
蓋をした過去をもう一度のぞくのは
やっぱり苦しかったりします。

だから、
差しさわりの無いところで
妥協しているから
やっぱり中途半端になることもある。

でも
少し肩の力を抜いて
自分をもう少し緩やかに見てあげることができれば
ほんのちょっとでも
クスッと笑えることが
出てくるかもしれない・・と。

音楽家として演奏に向き合う時のように
どうしても
何かを真剣に考えるときは
思考が過集中になりがち。

何が出てくるのか?
予想もつかないことが出てきたらどうしよう・・・
自分の思考に向き合う毎日は
びっくり箱のようで
おっかなびっくり。

さて
今日は何が出てくるのかしら?


もう少し胆が据わればいいのに。


ポエムのようなブログになってしまったのは
確定申告のせいだということにしておこう




2025/02/25
56「自分の好きを見つけていく」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「好き」という言葉は素敵だけれど
とてもハードルの高い言葉。
私は自分の「好き」ってあまりじっくり考えないから
ドギマギするだけで
そのことについて
アタマを働かせていないことが多いです。

今週は敢えて
「好き」「得意」を考えていきます。

なぜそんなことを思ったのか?
先週金曜日にリウムスマイルの
「ホム育気づきサロン」に参加して
自分のことが全然見えていないなぁ、と
残念に思ったから。

自分のことを
自分がちゃんとわかってあげていないのは
自分が気の毒だよね。





2025/02/09
40「音楽家は美味しいものが好き?」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

音楽家は美味しいものが好きです。
そういうと、ものすごく美食家で
横文字のフランス料理をスラスラと唱えて
ワインは有名な銘柄のものを注文し
器も凝って、気取って食べている・・・
そういうイメージを持たれるような(持たないような・・・?)


私自身は【おうち居酒屋】が大好きです。
たとえば・・・
週末の夕方17時頃から
柿の種とナッツを並べてビールを少し。
その後は1本1000前後だけどなかなか美味しいワインを
グラスに注いで夕食の準備。
クラッカーとチーズを食べすぎ注意!と用心しながら、
小松菜のお浸しができたらつまむ。
ロメインレタスにはレモン汁とマヨネーズとパルメザンチーズに
たっぷりとチューブニンニクとお醤油をちょろりと垂らして
なんちゃってシーザーサラダ。
安売りだったステーキ肉を年季の入ったWAGNERフライパンで焼いて
醤油と山葵のソースにつけて食べればメイン。
このあたりでお口直しにキリリと冷えた辛口の日本酒を少し。
腹具合が足りなければ炊きたてごはんと納豆をほくほく食べて完了。
場所を移して食後のデザートは
エスプレッソと奮発したリンツのダークチョコレートで充分。
後片付けをしながらウイスキーをちびりと飲んで
ごちそうの時間は22時ごろ終了。



春は菜の花のお浸しが最高。
夏になれば薬味たっぷりの冷ややっこ。
秋は我流の簡単ナスの煮びたし。
冬のメインは豆腐と豚の薄切り肉とネギいっぱいの鍋。

季節によって変化する食卓は
味覚をしっかり育てると思っています。
料理研究家ではないので
専門的なことは言えませんが
スーパーに並んでいる食材で充分に
季節を感じることができます。

我が家の娘たちは外食も好きだけれど
家のごはんも大好きで
長女は私の作るラザニアが好き。
別に大したことないレシピなのだが
きっと、良い思い出がたくさん詰まっているのだろう。
(誕生日にリクエストされる)
次女は「やっぱりごはんと納豆って最強よね」と
満々の笑みで食べている。

実家で食べた食事の記憶って
いつまでも残るものだから
私は私なりに食事は大切にしてきたつもりです。
忙しくてお惣菜に頼ったこともあるし
外食を楽しんだこともたくさんありましたが
友だち家族との集まりはお互いの家で
持ち寄り料理を楽しんだり
ママ友ランチも自宅でのんびり時間を気にしないで
一緒に食べたりしました。
そのどれも、気負ったものではなく
いつも自分で作り慣れているものが基本。

味覚の記憶が音楽に関係するの?

音楽って、全ての感覚を総動員して創るものだと思っています。
味覚も然り。

素朴な食材から高級品まで。
同じ食材を食べても異なる感覚。
その時の食事をした気持ちから記憶に残るもの。

私が亡き母と干し芋をストーブで温めながら
交わした会話は他愛のない学校での話だったかもしれないけれど
ほっこりした安心する記憶として私の中に残っていて
何かの拍子に音楽を再現するときにひょっこり顔を出す。

そんな風に
私のごはんも音楽も
娘たちや誰かの記憶に残ってもらえるといいなぁと
心から思っています。








2025/02/07
38「姉妹:私の場合」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私には姉がいます。

5歳半(6学年)違うので

幼い頃はまるっきり相手にしてもらえませんでした。

喧嘩なんて、一方的に私が挑んでいるだけで

姉はずっと知らん顔してました。


勉強家で真面目。

時々ポロリと面白いことを言うけれど

周りの人が気がつかないこともあったりして

近くにいる人だけが笑っている。

運動神経もそこそこあって

直線を走るのはものすごく速いのに

障害物競走になると途端に

あれ?どこ行きました???・・・


両親も姉への信頼は絶大で

期待も大きかったです。

「お姉ちゃんなんだから」

「しっかり勉強しなさい」

今の時代ではNG表現のことを

当然のように言われていたな、と。

私の分まで怒られていることもありました・・・

(次女あるあるの要領の良さで)


姉は語学の才能があり

ドイツ語・英語は問題なく話せて

フランス語も「なんとなくわかる」らしいです。


独立心の強い姉は、17歳の時にドイツの音楽大学に入り

独り暮らしをしながら

生徒を教える音楽教室の先生にもなり

学士過程、修士課程を終えて

コンサートピアニストという称号を得ました。

もちろん、途中で体調を崩したり、

家族にとっては意味不明なこともしていました。

若さあるあるでしょうか。


だから、私たち姉妹が一緒に暮らした時間は

11年に満たないくらいのもの。

「ひとりっこ」が2人いるような感じでした。


彼女の得意とするのはピアノ教育。

演奏家として舞台に出るというより教育者として

生徒さんを指導することに喜びを感じていました。

日本に帰国してからも、指導者としての仕事中心でしたが

50代半ばで病気から失明し、盲目となりピアノを辞めました。

自宅からピアノを運び出す日

私も一緒にピアノを見送りました。

彼女の音楽家人生の終わりでした。

それからのち

白杖歩行訓練や点字練習、安全に生活をするための

新しい生活様式を学び

長く長く、苦しい時間を経て、

彼女は今、点字教室の指導をしています。

「やっぱり教えることが好きなの。

生徒さんにいろんな可能性を伝えることに燃えるのよ!

アレコレおせっかいなのよ、私」と話す姉はいつも生き生きしています。

↓姉のポッドキャスト


https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E8%A6%96%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E3%82%86%E3%82%8A%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%80%85/id1551338944


私自身の子どものころは

ヴァイオリンを弾くより

身体を動かしているほうが得意で

お勉強はまぁまぁ・・・

体育の成績だけはずば抜けて良くて

音楽高校を受験するときは

最後の最後まで悩みました。

体育大学に行った方がいいかも、って。

ヴァイオリンの練習だって

当時、2時間程度が限度のお粗末さ。

両親もため息をつきながら

「あなたは本当に体育が好きよね」と

半ば呆れるように

「ヴァイオリンはどうするの?」と言いつつ

目の奥は「仕方ないわね~」といった諦めが

透かして見えるような物言いでした。

それでも

体育の道を選択することはなく

ヴァイオリンを相棒にすることに決めて

弾き続けることにしたのです。

多分「これが私の道かな」と直感がささやいたから。

音楽の道に進んでからは

同学年の友人に刺激を受けて

勉強し

練習を重ねて

七転八倒しながら

頭をひねり

まだまだ

今もなお弾き続けています。

「やっぱりヴァイオリンを弾いているときが自分らしいかな」と思うから。

でも、いつ何かが起こってヴァイオリンが弾けなくなるかもしれません。

私は姉のように多才ではないので、そんなことになったら不安しかないですが・・・

そんなことになったらどうしよう・・・

(考えをやめよう)


姉との6学年差の大きさは

時に意地の張り合いになり

競争相手になり

価値観の違いをぶつけ合い

お互いに傷つくことが多かったものが

今では「同じ年代」となって

穏やかな関係になりました。

姉が私の存在を

「小さな何もできない妹」から

少しだけ認めてくれたからかもしれません。


個性が違い

目指すゴールが違い

生活スタイルも全く違う

私たち姉妹。

それでも何か

そこはかとなく

共通点があります。

それは根底に流れる家族の基盤なのか

同じ音楽家という道を経験しているからなのか・・・


月に1回程度

定期的に会う姉妹の会。

相変わらず私は「妹」という立場に甘えて

ヘラヘラしているけれど

それでも姉の盲目になった目の代わりに

外側から彼女の心の奥を覗いているつもりです。



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