今日からまた季節が変化します。
穀雨(こくう)
春の雨がしっとりと大地に降り注ぐ頃。
気候も落ち着いて庭仕事に良い時期。
ただ、調子に乗って食べすぎ飲みすぎ、寒暖差での「冷え」に注意。
気持ち良い風が心に溜まったホコリを払ってくれるような感じがします。お天気の良い日に庭の草取りをしたり、車を洗車したり、ワードローブの引き出しを開けて風を通したり、本の上に溜まったホコリを払ったり。毎日少しでも何かに手を加えていく作業は、ちょっとだけ自分の気持ちを軽くしてくれます。私もこの乾燥した空気に背中を押されて、週末に庭の整備をしました。砂利を敷いていても雑草は伸びてきます。今日はこちら側、今度はあちら側…と地道に草むしりをしています。きっと夏になったらお休みします…この頃の夏の暑さはキケンなので。
さて、ゴールデンウィークが目前ですね。どんな予定がありますか?家族旅行、帰省、バーベキューパーティーなど・・・。出かけるばかりではなく、お休みする日も計画に入れることをお勧めします。いつもと違う行動は、思いのほか疲れますからね。疲れると外食が多くなってしまったり、案外家族にも気を遣うことが多くなります。毎日のルーティンが崩れてしまって自分のコントロールがうまくいかずにイライラすることもあります。年を重ねて無理もきかなくなってきますからね。私は人込みを避けて(出不精とも言う・・・)家に籠って細かい場所の整理をするつもりです。
できたら網戸の張替えをしようと計画中です。ホームセンターの動画などを見て「なるほど~」と頭の中でイメージはできているのですが、さて、どうなることやら?こういった動画は本当に役に立ちますね。私は5分前後の動画しか頭に残らないので…作業の動画はコンパクトにまとまっているホームセンターのものを見ます。商品まで紹介してくれているので助かります。
島田までは日帰りでも十分な距離ですが、私の場合は運転に自信がないので1泊することにしています。
今回も、以前娘たちと泊まったビジネスホテルの居心地が良かったので、同じホテルを予約しました。近くに気軽に食べられるお店もあり、テイクアウトのお店も、コンビニもあるので夕食はその時の気分とお腹の調子で選べます。早めにお風呂に入ってお部屋でのんびり。早めに寝ます。翌朝は少し早めにホテルをチェックアウトして、蓬莱橋(ほうらいばし)を見に行きました。蓬莱橋は大井川に架かる897.4mの「世界一長い木の橋」。1997年にギネスに登録されています。江戸時代には架橋・渡船が許されなかった時代を経て、牧之原台地開墾のために明治12年(1879年)に架橋されました。牧之原台地は茶園開墾のためでもあり、今なお美しい茶畑が広がっています。今は補強がしっかりされていますが、私の記憶では、台風などで橋が流されてしまう姿を何度か見ました。蓬莱橋の横を走る島田大橋から、川の様子を見るのが幼いころから好きでした。時代劇の撮影場所としてもつかわれることが多く、母と一緒にテレビを見ていて「おぉ、蓬莱橋だ」と何となく優越感に浸ってしまうこともありました。通行料金は大人100円(子ども10円・自転車100円)営業時間内は橋のたもとにいる「橋番」に支払います。今回、橋は渡らず遊歩道を少しだけ歩いて橋を眺めていました。旅の合間にある空白の時間は貴重ですね。
その後は和菓子屋さんの「龍月堂」へ。いつも娘たちに買い物を任せているので、店内に入るのは初めてでした。賞味期限の短いお団子やお饅頭、少しおめかしした来客用、洋風のケーキまであって目移りしてなかなか決められません。店内が奥へ長いので、手前から順番に注文をお願いしていきました。あとで確認したら、一番好きな和菓子が注文できておらず・・・残念。

島田最後の寄り道は「大村屋酒造」の日本酒を購入すること。今年は酒蔵建て替えのため、季節限定の「鬼乙女 春」が仕込まれていないので、他の銘柄と酒屋さんにおススメされた藤枝の志太泉酒造のお酒を購入しました。生酒を中心に購入したので、早めに飲まないと・・・
帰路は新東名「島田金谷IC」からのルートを選択して駿河湾沼津SAを目指します。1時間ほどで到着。帰り道は、夕食や保存食のための食材を購入することが多いです。ワサビ菜や立派な椎茸、黒はんぺんを購入しながらお酒のおつまみを想像してニヤニヤ。このまま自宅へ直行運転するため、甘味(ソフトクリーム)を補給して出発。苦手な山北・大井松田周辺を慎重に通り抜けて帰宅。
はじめて島田へのロングドライブをしなければならないときに、友人から言われたことがあります。高速道路が怖いとか、体力が心配とかグダグダ言っていた私に「だれにとっても、いくつになっても、初めてのことはあるよ。エイっとやってみて。かおりさんは絶対にできるから」。
この「あなたは絶対にできる」という言葉にフッと背中を押してもらいました。
自分に対しての根拠のない自信といえば、その通りなのですが・・・その時から私の中で「怖いけれどやってみる」という気持ちが小さくとも育っているような気がします。
50代も後半になれば、大抵のことはできるはず。
その気持ちを過大することなく、過小することなく、自分で自分を見極めながら過ごしたいものです。
父の命日は4月20日。
その前後にお墓参りをすることにしています。場所は静岡県島田市。一人でのロングドライブは緊張しますが、ゆっくり安全に行けば問題ない距離です。途中の休憩を十分にとれば3時間ほどです。今回は、父の実家を受け継いでくださった古民家カフェのオーナー様とお墓で待ち合わせという、なんとも粋な約束をしていました。
朝の通勤時間を少し過ぎたあたりの8時半すぎに出発。
大抵は足柄SA、または駿河湾沼津SAで休憩をしていきます。今回は足柄SAで早いブランチを食べました。朝の10時にマグロ丼を食べる・・・。朝ごはんを食べていなかったので、丁度良い具合でした。どこで獲れたマグロかわからないけれど、美味しかったです。お腹も一段落したら、そのまま目的地へ向かいます。第一東名を通るか、新東名を使うか。いつもは新東名を使うのですが、この日の気分は「由比のパーキングエリアで海を見てからにしよう」という作戦に変更。下りの道路は海の景色が近くに見えるので由比PAはおススメです。(台風が接近すると由比のあたりは通行止めになることもあります。それだけ海が近いということです。)その日の海は静かに凪いでいて、珍しく白波すら見えないほどの穏やかさでした。短い休憩をして、そのまま走っても待ち合わせ時間には十分間に合いそうなので、いつもは寄ったことのない日本坂PAでトイレ休憩。そして、吉田ICを降りて島田市内へ向かいます。ちょうど、茶摘みの時期が近いので茶畑が美しい濃い緑色にかがやいていました。大井川を渡れば島田市。いつもの「清水屋の小まんじゅう」をゲットして、車の中で早速味見をします。美味。日本酒の香りがほわっと立ち上り、弾力のある皮とこしあんのハーモニーを片手でポッと食べられる手軽さ。ついつい食べ過ぎてしまいます。

島田市には魅力的な和菓子屋さんがたくさんあるので、お腹の調子は整えておかないと・・・。早めにお昼を食べておいたので、程よく小まんじゅうがお腹をみたしてくれました。近くにある大好きな「大井神社」にもご挨拶をしました。いつ訪れても「気」に力があり、身が引き締まりつつも優しく包んでくれる、心の穏やかになる場所です。久しぶりにおみくじを引いてみたら「大大吉」。丁寧に御礼を申し上げて少しだけお庭を散策しました。
そして、お墓参りへ。
お寺の住職へご挨拶。いつも「よくきたね~」と笑顔で出迎えてくださって嬉しい限りです。お寺の耐震工事の話や、私の家族の話、父の思い出話に花が咲いて気がつけば待ち合わせの時間が過ぎてしまっています。あわててお墓へ向かってオーナー様と合流。不思議なご縁で巡り合った素敵な方。さぞやご先祖様も驚かれているだろうけれど、お家を中心に仲良くさせてもらっていますよ・・・とご報告できました。
その後は二人で「島田市博物館」を見学。

父が良く訪れて、俳人・塚本如州(じょしゅう)について調べていたので行ってみたい場所でした。松尾芭蕉が島田宿に逗留した際に親しくなった様子で、市内のあちらこちらに歌碑がたっています。(父は趣味が俳句だったことと、同じ苗字に親近感があった様子でした)島田は東海道23番目の宿場町。【箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川】と唄われた川越しの場所として有名です。橋がかかっていなかったため、川越しは人足に任せるしかなく、大井川の水位が上がると川止めになって幾日も渡れずに旅人泣かせの難所だったともいわれています。町民も武士も大名も川を渡るのは同じですが、身分によって運ばれ方に差があります。人足に背負われたり、蓮台に乗せて運ばれたり、駕籠ごと蓮台に乗せたり、蓮台に漆が塗ってあったり・・・お値段の差もなかなかのもの。(今の値段に換算して3000円から15万円くらいとか)さらに、川の深さによっても値段が変わるのですから、その頃の島田宿、それはそれは活気があったことでしょう。今ではのんびりとした穏やかな時間の流れる島田市ですが、当時の川合所や札所、宿などの遺物もきれいに残されており、未だに移築や改装をかさねて歴史を今に伝えてくれています。一人でじっくり見学するのも楽しいですが、こういった場所は、それぞれの知識を出し合って様々な角度から展示物を見るのは幾重にも楽しさが増します。
その後は父の実家、今では古民家カフェとなった場所へ移動してオーナー様とおしゃべりを楽しみました。
本来ならば、父の実家を売却したらその後は手を離れてご縁はなくなってしまいます。でも、そのままの面影を残してくださって、更にその家の姿を「大好き」と言ってくださる方にお譲りできたことは、私自身は父のため以上にご先祖様のためにも良かったなぁと安心することにもなります。
私にとっても大切な場所。
できる限り訪れることができるようにしたいと思っています。
雨の金曜日。
思い立って上野の東京都美術館へ行ってきました。
会期最終日を週末に控えているので混んでいるかと思いきや、思ったよりもゆったりと見ることができました。平日の雨天。わざわざ出かけようと思う人は、その日しか予定の空いていない人か友人との約束でやむなくなのか・・・少し年上の女性グループが多かったように思えました。

【スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき】(会期終了しています)
スウェーデン絵画の始まりから、フランス絵画の影響を経て、スウェーデン独自の絵画の道を獲得する流れを一気にみることができました。『影響を受ける』ってすごいことなんだなぁと思いました。自分の殻にこもってああでもない、こうでもない、とこねくり回すよりも、ポンと他の存在を真正面から受けとめ、影響を受けることの大切さ。そこから改めて自分の軸になるものを見つけ出す、もしくは掘り出すことの方が、自分で根を張るよりもはるかにしっかりとした土台ができるものなんだなぁ、と思いました。
それは自分のビジネスにも通じるのでは?と思うことも・・・
どうしても、一人で考えて潜り込んで、人前に出さないうちに旬を逃してしまう私の方法は、人の影響を受けたくない、受けるべきではない、とどこかでブレーキをかけているような気がします。それは反対に、私が他の影響を受けすぎてしまうという反面もあるからかもしれない、という相反するものに翻弄される自分が見えることでもあるのです。
一人でゆっくりと見て回ることを久しぶりにできたような気がします。
そして改めて、自分のペースがどういう感じなのかも見直す時間でした。今までこういった展覧会は誰かと一緒に見に行きたいと思っていました。なんだか一人で見るのは寂しい。意見を交換しながら観た方が楽しい、と思っていたのですが、案外静かに自分自身と問答しながら鑑賞するのも悪くないものです。
今回の展覧会で、家族との時間を楽しみ、その様子を描いた作品を多く残したカール・ラーションの作品もいくつかあって、とても懐かしい気持ちになりました。2018年に損保ジャパン美術館で鑑賞した温かい作品たちを思い出して胸がいっぱいになりました。あのとき、私は珍しく図録を買いました。ラーションの温かい家族像に憧れ、その気持ちを家族と共有したかったのです。自分の大切なこの家族をずっと守り続けていきたい、という思いが私の根底にはいつもあったのだと思います。
今まで積み上げてきた経験が、つながりを持つ瞬間。
数知れず通った美術展の経験が、こうして私の世界を彩ってくれるということに驚くばかりです。
朝から気温の上がった土曜日。
気持ち良い風が吹いて、新緑の季節を感じました。
年々、季節の移り変わりが早く、夏がすぐにやってくる感じです。
庭作業や窓拭きがはかどりました。
昨日までのブログチャレンジを終えて、今日は少しホッとした気分です。
今年も走り抜けたなぁ、と思いながらもこれからのブログ投稿に思いを馳せます。
音楽家として、母として、日々を生きる一人の生活者として、また一から少しずつ書いていきます。
今日は作業の合間に本を1冊読了。
『人は生きてきたように 死んでいく「死の準備」していますか?』(坂口幸弘 光文社新書)
題名を見ただけだと「突然失われた命はどう考えればいいのか?それも生きた先がその死なのか?納得できない」と思ってしまうが、作者は【望んでいたような最期を迎えられなくとも、理不尽な死の現実を決して故人の責任に帰すべきではない】とはっきり書いている。この本を最初から読んでいれば、言葉の端々に様々な死の在り方を説いているので題名だけを深く考えることはない。それでも少しひっかかるけれど。私が3年前から折に触れて思っていたことが書かれていた。ふと言われた言葉、態度、目線。自分や家族が心の奥底を凍らせて過ごした時間。すべてを思い起こした。でも、私は生きている。今ここで命を燃やしている。【生きている生の先に死があるのではない。生と死は表裏一体で同時に存在するものだ。】
そして作者は最後に【今この瞬間は、自分が思っている以上に、きっと幸せで、かけがえのない貴重な時間なのである】と説く。
3年間、いろんな本を読んだ。どれも心に残っているし、今の自分を形作っている。
本は自分のペースで読めるからよい。
そして、自分のペースで咀嚼すればよい。