こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。
昨日、姉が視覚障碍者だということ書きました。
50代からの中途視覚障害。
この10年の景色は彼女の中でどのように彩られているのでしょうか。
見えにくい世界から、徐々に失われていく視界とともに
どのように考えていたのか
私には聞く勇気もなければ、
どんな声をかければいいのかわかりません。
視界が失われていく最中、姉は私に何も伝えませんでした。
どう伝えたらいいのかもわからなかっただろうし
私が狼狽えることを知っていただろうし
多分・・・
憐れんでほしくなかっただろうし
同情されたくなかったのだと思います。
気持ちはよくわかります。
妹に弱みを見せたくないから。
姉の意地。
小さいころから「優等生」といわれて
勉強も運動もできて
親の期待も大きかった姉。
(その陰に隠れて、ズルをしたりいたずらをしても
怒られなかったり、見逃されたりしていた妹の存在は
さぞかし苛立たしかっただろう・・・)
「見えない」というハンディがあっても
精いっぱい意地を張りたかったに違いない。
未だに
私に会うときには
きちんと背筋を伸ばして
着物をきちんと着こなして
周りの人が驚くほど
立ち居振る舞いが堂々としています。
(だから私のポンコツが目立つ・・・笑)
だから、私にできることは
姉に「祈ってほしい」と伝えることでした。
自分の力だけではどうにもならないこと。
家族の状況が厳しくて自分だけでは気持ちが耐えられないとき。
暗闇しか見えなくて苦しいとき。
心が涙を流しているとき。
私は自分の心が苦しくなると
いつも姉に電話やメールで
「祈ってほしい」と伝えています。
そうするとすぐに
「まかせて」
と返事が電光石火の如くかえってきます。
姉はカトリック信者なので
祈りは生活に一部になっています。
その強み・得意を活かして
私だけのために祈ってくれます。
姉しかできない
姉にしか頼めない
私がお願いしたいこと。
わがままだと言われてもいい。
それが「祈る」こと。
姉と私をつなぐ強力な絆。
未だに、視覚障害についての疑問があるとき
私は単刀直入に尋ねます。
「どうしてほしい?」
「何が必要?」
「こういう時はどうすればいいの?」
訓練を受けた視覚障碍者には
その人の方法があり
闇雲に手伝おうとしても
邪魔になってしまうこともあるそうです。
歩数を数えている。
音を聞き分けている。
空間の広がりを感じている。
ただ、緊急に危険にさらされていたり
音の出ない信号で青になったタイミング
イレギュラーなこと(列車の遅延だったり番線の変更)があった場合は
声をかけてもらえると助かるとのことです。
くれぐれも
点字ブロックに物を置いたりすることは
避けたいものです。
ポッドキャスト:視覚障害者ゆりさんの日々