こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。
【年末年始にゆっくりと本を読む】
私の実家がそんな風潮だったことはブログに書きました。
今の生活はそういうわけにはいかず・・・
一時帰国中の娘たちとにぎやかに
おしゃべりしたり、出かけたり
美味しいもの談義やアニメの話に花が咲き
活字を追う時間はもう少し先になりそうです。
私自身、昨年は三宅香帆さんの影響を受けました。
本屋さんへ行って
普段あまり見ることのない新書の棚を眺める習慣が
彼女のおかげでルーティンに入りました。
今の時代は、ちょっとでも影響のある人(もの)は
集中してプロモーションを行う傾向が強いので
本屋さんの平積みは彼女の著書でいっぱいです。
私個人としては
「あの著者の作品はまだかなぁ」と
待ち焦がれるくらいが丁度良いと思っているのですが
時代の流れに乗れていないということなんでしょうか・・・
***
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(三宅香帆)から思うこと。
本を読むということがどのように変化していったのか
歴史をたどりながら大きな流れで見ることができるので
大きな蒔絵を見ているようだった。
その中にある、自分が両親から受けた恩恵を
改めて感じることができた経験だった。
特に大正から昭和初期、中期あたりの変革は
興味深い。
大正時代にサブスクとしてはやった「円本」の章を読みながら、
昭和の高度成長期のサラリーマンも同じだと思った。
私の父は晩年まで本を読むことが好きだった。
自分で買ってくる本も多かったが
孫娘の読んでいる本も丁寧にページをめくり
「面白かったよ」と短い感想とともに
本が返ってきたようだ。
孫娘たちへの本を選ぶ目利きは確かで
私はいつも感嘆したものだ。
会社員の現役時代には
本は束の間の息抜きとなり
退職後は好きなだけ活字を追い
趣味以上の俳句のために
言葉を吟味し続けた姿を
私は今も尊敬している。
父が揃えてくれた『少年少女世界の名作』(小学館)は姉と私の大切な本たちだった。
本の虫だった姉にとっては、きっと生涯の友として記憶に残っていることだろう。
毎月一冊、新しい本のページをめくる楽しさがあった。
1冊の中に数本の物語が収められて
古典編や国別編といった分別方法で
本の中の関係性も考えられていたように思う。
私はまだ字が読めず
主に挿絵の可愛らしさに夢中になり
半紙を使って写していた記憶がある。
55冊は父の転勤でドイツへ行った時も
帰国して2回の引越しにも
1冊も欠けることなくついてきた。
私は姉に比べて読書にムラがあったので
全部の作品を読み切ることがなかった。
それでも、主要な作品はすべてこの全集から学んだ。
今思えば、きっとそう安くもない全集を買ってくれた父には感謝したい。
そして、その金額を捻出するために家計を守っていた母の采配にも感謝したい。
本から得る知識はその周辺の記憶も含めて、
生きる気力にもなることを、50代になった今も感じる。
毎月届く全集は、私たちの本だけではなく、父の『鴎外全集』も含まれていた。
きっと父は全集を揃えることで家長としての威厳と
サラリーマンの誇りを刻んでいたのではないだろうか。
***
父の姿勢は
私自身も受け継がれていると思います。
本を読むことは、自分のペースがあるということ。
他の作業をコントロールし
読書の時間を捻出し
本の世界に没頭することは
生活が整っていないと難しいことかもしれません。
ひと時でも
その時間を確保することができれば
人生はもっと豊かに
彩りにあふれた
深い味の世界が広がるのではないかと思います。
積読解消期間
始めます。