『大人になってからでもヴァイオリンを習うことはできますか?』
そんな質問をいただくことがあります。
見た目や演奏方法にハードルが高そうと思われるヴァイオリンという楽器は、憧れでもあり興味の対象でもあり、手強いと思っている方が多いように思います。そして、ヴァイオリンは子どものときから習わないと弾けるようにならない、とおっしゃる方が多いです。
私自身は大人の方にこそ、ぜひヴァイオリンを習ってもらいたいと思っています。
大人だからこそ、楽しめる要素がたくさんありますし、学びも大きいです。
まず、両手が全く違う運動方法なので頭を使います。
音程を合わせるために耳に神経を集中させます。
それだけでも普段の生活とは全く違う運動なので、刺激になります。
大人であれば、視覚や言語でヴァイオリンがどのような構造になっているかを理解することができます。
弦のどこを押さえると、どういう音が出るのかを理論で学ぶことができます。
「あぁ、そういう構造なのね」
「なるほど、この筋肉を動かすのね」
と言葉で理解できます。
大人ならではの学び方があるのです。
子どもであれば、毎日反復練習して地道に積み重ねていかなければならないことも、大人であれば、理論を理解することによって少し近道をして学ぶことができます。
ただ、頭で理解してもなかなか動きが遅い・・・ということもあります。
「先生の言っていることはわかるんですけれど、身体がついてこないんですよ💦」
とおっしゃる方が大半です。
でもね、これからヴァイオリニストになるわけではないですよね?
少しでもヴァイオリンを手に取ることができて、8小節の曲が弾ければ「OK!」ではないでしょうか?
初めて手に取る楽器が、テレビで映っている人たちのようにすぐに弾けるわけではないことを、大人の方は知っています。
私はヴァイオリンを通して、大人の生徒さんとは様々なことをお話したいと思っています。
レッスンを通して、生活のこと、自分のことなどを整えるきっかけになっていただけたら嬉しいです。
ヴァイオリンという楽器に触れることにより、自分の中に新しい世界が拓ける。
それこそが、「大人がヴァイオリンを弾けること」の醍醐味ではないでしょうか?
ご興味があったら無料レッスンを受けてみてください。
寒い日が続くと、どうしても気分が内側にこもりがちになります。
私は基本的には内向的で、家に引きこもっている方がラクで、一人で行動するのが得意です。
朝起きて、午前中に用事を済ませてしまうと、午後からずっと引き籠っていることも多々あります。
双子座は二面性があるといわれますが、その通りかもしれません。
今日は起きると雨降りの休日だったので、何もやる気が起こらずにぼんやりしていました。
すぐに活動する気分にはなれなくて、
まずは音楽を流すところから始めました。
何かを考えることすら億劫で、気持ちがそがれてしまうから
私は何枚かCD(古い!)を別枠に並べています。
「気分の乗らないときにかけるCD」私の場合
・「TOP GUN maverick」(サウンドトラック)
・アルプス交響曲(シュトラウス)
・TIRAMISU(ALDIMEORA)
・a new day has come(celine dion)
ただ耳から音を入れる・・・
クラシック音楽が少ないのは耳が強張ってしまうからです。
でもなぜか「アルプス交響曲」だけはオーケストラの音から景色が見えてくるので耳に優しい気がします。
不思議なもので、
気持ちが全然変わらなくても、
身体のどこかが先に反応することがあります。
首を回してみたくなったり、足でリズムを取ってみたりと・・・
いきなり全開にしなくていい。
アイドリングくらいで十分。
音楽は、そんなふうに自分のエンジンをそっとかけてくれる存在だと思っています。
寒くて気分が乗らない日は、無理に頑張らないことに決めています。
急ぐ用事は私にはそんなに多くないのだから。(ましてや休日は特に!)
代わりに、
自分が動き出せる音を選ぶことを楽しみに変えようと思います。
今日も、音楽に助けられています。
あまりにも重たい本(内容的に)を読みすぎて、正常な生活に戻れなくなりつつあるのでちょっと違う本を読んでみました。
その前に・・
はるか昔のこと。ドイツ留学生活時代に本に没頭して昼夜逆転の生活をしていたことがありました。
「一人暮らしの醍醐味よね」
と当時は思っていたかどうか定かではありませんが、とにかく日本から持ち帰った本の楽しさから抜け出せずに読書を貪っていたことがありました。
好きなように読書を楽しみ、昼間はドイツ語学校に行きつつ宿題をこなしてヴァイオリンの練習をしてご飯を作って食べるという、今考えれば夢のような生活。
その後、オーケストラで働き始めて生活のリズムが加速。
日本帰国後は、必死に走って目の前のタスクをバッタバッタとなぎ倒す日々。
その頃には、文字を読むのは新聞広告か娘たちが持ってくる学校のお知らせか、良くて新聞の短いコラムのみ。
「あぁ、本が読めるようになるのはいつなんだろうか」
とため息をついていた日々。
気がつけばまた読書に沈む毎日がやってきました。
幸せなことです。(ちょっと目がしょぼしょぼするけど)
この幸せを、しっかりと享受したいです。
そして、実は本を読むことが苦痛ではなくなったことに、自分の中の余裕を感じることができました。
自分を抱きしめたくなりました。
「そうだよ、ちゃんと読めるようになって良かったね。この3年間読みたくても読めなかったからね。苦しかったものね。」
忙しくしていなくちゃならない、暇だって言っちゃいけない、頑張っているって思われなくちゃいけない、という呪縛がとりついていたからとても苦しかったです。誰に思われているわけでもないのですが。
そんな思いから今回は『HYGGE 365日シンプルな幸せのつくり方』(マイク・ヴァイキング 三笠書房)を改めて読みました。
(前置きが長すぎた・・・そして、読むというより眺めた・・・かな)
購入したのは2018年頃だったと思います。
その頃は娘たちが巣立ちを意識し始めて、生活全てが全速力で。
とにかく走らなければ追いつかないような時期で・・・自分の中で何か警鐘が鳴り響いているころでした。
この本を手にしただけでホッとした記憶があります。
HYGGEなスペースを家の中に作りたくて・・・
自分の逃げ場所が欲しくて・・・
自分の本だけを集めた場所を作ったのもこの頃。
その後、コロナ禍で家族それぞれが居場所を求めて家の中をウロウロしてイライラしていたときに、家族が集まってアペリティーヴォを楽しむ時間を作ったのもこの本がヒントでした。
そんな生活がガラリと変化した3年前。
私の世界から本の存在が希薄になりました。
読まなければならない書類の文字を追うことが精いっぱい。
実用書を読んで理解することが急務。
送られてくる手紙に返事を書くことで気力を奪われる毎日。
それが少しずつ変化してきたとき、この本は本棚の片隅にそっと置かれるようになりました。
きっとこれが一段落したら読める気がする。
私だけのHYGGEを探そう。
本棚に置かれたときには思い出すことが多すぎて見るのも辛かった表紙の絵。
でも、敢えて私がその本を置き続けたのは、自分が心のどこかでHYGGEを望んでいることを感じたからだと思います。
そしていま、この本は改めて私を優しく受け止めてくれました。
手に取る本は、自分で選んでいるんだな・・・
ページをめくりながら、購入したころとは違う感覚で読みました。
家に引きこもるとき、私はこの本の中にあるアイデアを拝借します。
「今日はムービーナイトにしよう」
「今日の珈琲はあのマグカップにたっぷりと淹れよう」
本当は、家族や友人と過ごすことを推奨しているのですが・・・
それはまた違う機会に期待しましょう。
50代になって、
どうしても練習したくない日が増えました。
もっと身体に近いところから来る感覚もあります。
若い頃は、
少し疲れていても弾けたし、
多少の違和感は、気合いで越えることができていました。
時間も限られてるので練習しない選択肢は無かったし
いつも焦っていたように思います。
「練習しなかったらダメかも・・・ヤバい・・・」と。
そして、身体はいつも元気で言うことを聞いてくれました。
どんなに酷使しても頑丈でした。
それが今はちょっと違います。
肩や腰、指先の重さ。
音を出す前から、
「今日はここまでかも・・・」
と身体が強張ってしまう時があります。
女性として50代を迎えると、
体調は日によって揺れやすくなります。
昨日できたことが、今日は同じようにできない。
なんだか知らない違和感や虚脱感。
その変化に戸惑い、認めたくない気持ちもあります。
でも今は、
その揺れを無視しないようにしています。
無理に音を出すより、
楽器を持たずにストレッチをしたり、
楽譜を眺めながら頭の中で音を鳴らしたりする方を選ぶこと。
そうした時間が、次に音を出す日の助けになると信じています。
「今日は弾かない」という選択を、
自分に許せるようになることは、なかなか勇気がいります。
それは・・・言い訳かもしれないけれど・・・
音楽とより長く付き合うための知恵なのだと思います。
音を出さないからって
音楽から離れている日ではない。
身体の声を聞きながら、次の一歩を準備している日かもしれません。
50代の音楽は、前へ進む速さよりも、
戻ってこられる場所を持っていることが大切かもしれません。
【今日は練習しなかったな】
ちょっぴり寂しい響きだけれど、
「また音を出したくなる自分を見つけるまで、休んでもいいよ」と
自分にOKを出すことを許す日だと思うようにしたいです。