【終活】という言葉に関して、今まであまり気にしていませんでした。
どちらかと言えば、両親(私の場合は実父)を想定している言葉なので他人事。
しかし、50代後半になれば実は、自分の番が目前です。
人生100年と言われても、そこに到達できる人は一握り。
健康年齢と寿命には約10年の差があることを考えれば、少しだけ現実的に有限な時間を真剣に見直す時期かもしれません。
冬眠時期に読んだ本の中には、そのことにまつわる内容もかなりの分量になりました。
読んでいると、気落ちするものもたくさんあります。
息を吸って吐くだけでもお金がかかる。
色々なことを背負いながら生きる。
「死んだあとは適当にして」という言葉がどれほど無責任なことか、もっともっと真剣に考えなければならないと思いました。

私は他の人より心配性で、先行きに不安を抱えつつ、石橋を叩いて渡るような性格です。
怖がりなので、一歩を踏み出す勇気に時間がかかりすぎることがネックになります。
でも、決めたことは最後まで遂行することができるので、じっくり考えて準備をしたら、あとはエイっと飛び込む勇気だけが必要です。
今は自分の中で決めたリミットを見据えつつ、準備を始めています。
今の時代は調べる手段がたくさんあります。
もちろん、ウソ・デマは数知れず。
その中で信頼できるものを探しつつ、自分の目や感覚を研ぎ澄ませて探していくことは、年齢を重ねてもできることです。
本を読むことで情報を取り入れることができたり、音声で今の時代を聞くことができるならば、私はまだまだ勉強できることがたくさんあるのだ、と気持ちがキリリとします。
あきらめないこと、投げ出さないこと。
すぐに結果が出なくても当たり前、と思うことが今の私には必要なようです。
二十四節気・啓蟄【けいちつ】
春の気配を感じて冬籠りから目覚めた虫たちが顔を出す頃。
この頃に鳴る雷を「虫出しの雷」と言うそうです。
家庭ゴミを出すために庭を通ったら、2、3日前には見られなかった雑草がワサワサと育っていました。
恐るべし生命力。暖かくなってきた証拠ですね。
先日、明治神宮へお詣りに行ってきました。

表参道に他の用事があったので帰り道に「寄らせていただいた」感じでした。
びっくりしたのはほぼ9割以上が外国人観光客。
日本人はどこに?
多分、私のように単独でお詣りをしている方が多かったのかもしれません。
ガイドさんの話に真剣に耳を傾けるグループ。
遠慮がちに写真を撮る人。
大鳥居に最敬礼する方。
私はいつものように、本殿へのお参りをして100円のおみくじを引きました。
明治神宮のおみくじは、大恩心(おおみごころ)と呼ばれていて、明治天皇と昭憲皇太后が詠まれた和歌にメッセージを託して伝えるものになっています。
今年は昭憲皇太后の和歌でした。
「油断大敵」とのこと。
襟を正してしっかりと歩きたいものです。
発売前から予約していた本。
でも、ずっと読めなかった本。

『真夜中のパリから夜明けの東京へ』 猫沢エミ・小林孝延
なかなか読み進められませんでした。
昨年10月末から読み始めて、やっと年が明けた1月末に読了。
ようやくアウトプットできるようになるまで1か月。
涙を流しながら、心を疲弊させながら、時に嫉妬しながら読みました。
きっと彼らは心の中で絶叫・号泣しつつも「往復書簡」というある意味一つのフィルターを通して語られていたので、自分よがりではなく、相手の見方も含みながら大きく「死」を見つめていたような感じがしました。私自身が「そのとおり!」と思うことが書かれていることに嫉妬もしました。
語り始めのぎこちなさや遠慮の空気をズバリと切り込んでいく猫沢さんの繊細な大胆さ。
ユラユラした語り口ではあるものの、根底に流れる揺るぎない強さを感じる小林さんの佇まい。
【人生はある日突然風が吹いて、それまでの景色を一変させてしまうもの】
【食べ物を食べておいしいと感じるのは罪悪感なのか】
【心の傷は時間とともに癒えるとか薄らいでいくわけじゃない】
どれも自分に思い当たることばかりで、未だに「あぁ、これを見せてあげたかったな」「きっと喜んだだろうな」と喪失を呼び覚ますことがあるのは確かです。それでも、【ただ今を生きることだけに集中して使いたい】と思うことに共感します。
【本が読めなくなった時期がある】
【家の片付けに集中した時期がある】
私も同じように、1年以上は文字を追っているだけの読でした。何もしないで電車に乗っているとふいに涙が出てくるので、それをカムフラージュするためにエッセイ本を持ち歩いていました。
「何かを変えるには今しかない・・・自分を守るために、これから私が生きていくためには替えなくちゃ」「いっしょに考えるはずだったことを、とにかく私が粛々と遂行しなければ」と突き動かされるようにバス・洗面所の改修工事をしたり、エクステリアの整備をしました。
喪失から再生へと向かうのは、そんなに簡単ではありません。
私はまだまだ弱い心で生きています。
それでも、自分自身を信じようと思います。
サポート方法は一つだけではありません。
その時、その状況によって変化していくものです。
五感を全部使って自分をサポートしよう。
自分自身をその方向へ向かわせよう。
ひな祭り。
3月になってもまだまだ寒い一日になりました。
久しぶりに電車に乗ったら、制服姿の学生が多くてびっくりしました。
卒業式のシーズンなんですね。
すっかり忘れていました。
いつもこの時期は、色々なことが重なってバタバタしていることが多かったです。
「バタバタする」って気軽に使っていた(どうかすれば気に入っていた)言葉ですが、今の自分には似合わないです。
先日、次女から
「5月に開催されるマスタークラスの申し込みを忘れてしまった・・・」
と嘆きのLINEが届きました。
2月は(28日しかないのに)ドイツやイタリアへの移動が多く、
それぞれの手配や準備に追われているうえに、
フランス語の論文提出も目前。
卒業後の進路に向けて、演奏録画を準備して提出しなければならず。
さらに新しい可能性を探るために、
友人のレッスンを見学して自分のレッスンを見直している最中でもありました。
生活面も、共同生活の中で生まれる居心地の悪さも拍車をかけていました。
確かに、心身ともにアップアップだったのは理解できます。
その上、バイト代のために急遽オーケストラの仕事を入れたり、
今回もパリでの録音の仕事を引き受けるという・・・
なかなかハードな状況。
私は正直「大丈夫かな、忘れ物しないといいけれど」
とは思っていましたが、本人が頑張っているのを応援するしかありませんでした。
次女は瞬発力が良いので、なんでも直感で動いてしまいます。
そして、どうにか自分を状況に合わせてしまうことが得意。
こちらが思っていることも、懸念していることも凌駕して突き進むエネルギーの高さには、本当に驚くことが多いです。
そして、そんな中での申し込みを忘れた…という事態。
単純な記憶欠如、リスト作成の不備、ミスかもしれませんが、もしかしたら
「このマスタークラスに行く必要があるのか?」
という根本的な熟考部分が抜け落ちていたのかもしれません。
積み重なった物事の中で、自然淘汰されてしまったものは、もしかしたら自分の本意ではないことかもしれないのです。
自分の生活(買い出し・食事作り・洗濯・掃除・練習・勉強)をこなしながら学校生活をこなし
将来を考えつつ、準備しながら仕事を引き受けたり友だちと遊んだり…そのすべてが外国語であれば、大変なことはわかります。
でも、それでも、ライフオーガナイズの方法は、忘れないでほしいです。
書き出すだけで良いから
「頭の中にあるから大丈夫」と思わないで
まずは紙とペンをもって書いてみて。
・・・そのように伝えました・・・
「パンを買ったから、公園にベンチで食べながら頭の整理します」と写真付きの返信がありました。
さて、どんな解決方法が見えてきたのでしょうか?
それとも、このまま「エイっ!」と突き進むのでしょうか?

絶賛、全てを見直し中です。
自分も生活も音楽も・・・なにもかも。
50代後半になってくると、先のことが不安になります。
以前は全く気にしなかったことが、ふとした瞬間に【底なしの穴】のように思えて一歩も動けなくなります。
私の場合は「あ、自分が動けなくなっているな」と思えることがまず大切でした。
恥ずかしいことではなく、とても重要なことだと思います。
次はその穴を見ないように避けることからはじまります。
とにかく息を整える。
まず自分自身を守る。
深呼吸をして息を整えてから状況判断。
それが本当に底なしの穴なのか、色が黒いだけなのか、大きく見えるだけなのか。
そして、何が怖くて何が不安で、何に戸惑っているのかをゆっくり見極めます。
その時に文字に書き出すことが大切です。
一度に全部ではなくても、ゆっくりとランダムで良いので書き出す。
そうすると、重複する気持ち・重なっている状況・一番怖いと思っていることなどが出てきます。
少しずつ項目を分けて、その内容を細分化したら、どこから手を付ければ自分が大丈夫なのかを自分自身に相談していきます。
その頃には、ちょっとだけ動けるようになっています。
最初は動けなくても大丈夫。
今日は何もできなかったと思っても大丈夫。
私はこんな調子で、遠回りしながらも自分で自分の道を歩いてきました。
とても心強いです。
50代も後半になれば、自分が今までこなしてきたことを、同じようにはこなせません。
そう思うことです。
新しく自分のスタンダードを作っていけば良いことです。
ただし、新しく変化することは怖くて仕方がないことです。
多分、新しいスタンダードに切り替えていくスパンは60歳以降はもっともっと短くなっていくでしょう。
その大きなスタートが50代後半なのかもしれません。
新しい波に乗るということがどんなことなのか。
どんな風に自分を守っていくのか。
準備を進めておくことで、これからの人生を生きやすくすることができるかもしれませんね。