切り花のお世話
4月は2人の命日があるので、お花をいただく機会が多かったです。3年も経つと忘れられてしまうことも多いのですが、メッセージを添えて送られてきてとても嬉しかったです。花籠はそのまま飾ることができて綺麗で簡単ですが、それぞれの花の盛りが違うので注意が必要です。咲き終わった花がらをこまめに取り除きながら、花台になっているスポンジに水を足しつつ、霧吹きで加湿もしてあげると長く咲いてくれます。様子を見ながらお世話をしてあげると、2週間半くらいは保つことができます。
今日はホームセンターへ行く用事があったので、花壇用の花や野菜の苗を眺めましたが購入には至らず。やはり夏の暑さを考えると植物を育てる気力がちょっと後退します。娘たちがいたころは、キュウリをやゴーヤを育てたり、唐辛子を育てたりしました。水やりは娘たちの役目で、朝早く起きて一生懸命お世話していました。トマトの好きな夫は、毎年必ず苗を買ってきて育てていました。忙しい時ほど、あれこれ育てていたような気がします。
今は私の性格上、切り花をできるだけ長く楽しむくらいがちょうど良いようです。
1か月に1度のお花のサブスクは、私にとってたのしみなお届け物です。
ちょっと寄り道に逸れてみる。
今日は『破獄』(吉村昭 新潮文庫)を読み終わりました。久しぶりに手に取った吉村昭の作品は、やはり読み応えがあって面白かったです。最初の50ページくらいの速度が遅めになってしまうのですが、その後は一気読みに近いです。本に没頭できる時間があるのは贅沢なことですね。
『破獄』は、実際に起こった4回も脱獄を繰り返した囚人と、その周りの見張った人たちの闘い、または人間関係の話ともいえる。昭和20年前後という戦争によって変化していく時代背景も興味深かったし、その混乱の中でも【刑務所は機能していた】という当たり前だけれど、見張られる人と見張る人の異様な交錯に想いを巡らせることができた。秩序を守ることに必死すぎると、小さくて思わぬ気持ちの変化で隙ができてしまう。心理戦の妙味。史実を追って語られる淡々としたノンフィクションものではなく、登場人物に体温があって彼らの感情がこちらにしっかりと伝わるという手法は、読み手をグイグイと物語の深淵へと連れていく。それは資料を微細に読み取り、取材を丁寧に重ねたという吉村昭という作家の作風ともいえる。執念ともいえるような調査をしたと言われている。その裏付けに、読み手は安心して物語に沈むことができるのだ。
戦中・戦後の食糧事情には、一般市民と囚人たちに異様なアンバランスがあったことを初めて知った。今までの常識が徐々に崩れていくこと。早急な埋め合わせを考えなければならないこと。後々のことを考える余裕のない毎日。日本中の誰もが必死に生きていた時代。ふと、あの混乱を生き抜いた私の祖父母や両親たちも、理不尽でやるせない思いをもって生活をしていたのだろうか?と思いを馳せる。いつも穏やかに、ニコニコと笑っていた顔しか思い出せない祖父母たち。親の苦労を知り、共に生き延びるために不平不満を言わなかった自分の両親。先の家族の歴史を辿ることは、自分から次の世代へバトンを渡していく軸を考えることになる。そんなところまで思いを馳せることができたのは、本当に貴重な時間だった。

今日からまた季節が変化します。
穀雨(こくう)
春の雨がしっとりと大地に降り注ぐ頃。
気候も落ち着いて庭仕事に良い時期。
ただ、調子に乗って食べすぎ飲みすぎ、寒暖差での「冷え」に注意。
気持ち良い風が心に溜まったホコリを払ってくれるような感じがします。お天気の良い日に庭の草取りをしたり、車を洗車したり、ワードローブの引き出しを開けて風を通したり、本の上に溜まったホコリを払ったり。毎日少しでも何かに手を加えていく作業は、ちょっとだけ自分の気持ちを軽くしてくれます。私もこの乾燥した空気に背中を押されて、週末に庭の整備をしました。砂利を敷いていても雑草は伸びてきます。今日はこちら側、今度はあちら側…と地道に草むしりをしています。きっと夏になったらお休みします…この頃の夏の暑さはキケンなので。
さて、ゴールデンウィークが目前ですね。どんな予定がありますか?家族旅行、帰省、バーベキューパーティーなど・・・。出かけるばかりではなく、お休みする日も計画に入れることをお勧めします。いつもと違う行動は、思いのほか疲れますからね。疲れると外食が多くなってしまったり、案外家族にも気を遣うことが多くなります。毎日のルーティンが崩れてしまって自分のコントロールがうまくいかずにイライラすることもあります。年を重ねて無理もきかなくなってきますからね。私は人込みを避けて(出不精とも言う・・・)家に籠って細かい場所の整理をするつもりです。
できたら網戸の張替えをしようと計画中です。ホームセンターの動画などを見て「なるほど~」と頭の中でイメージはできているのですが、さて、どうなることやら?こういった動画は本当に役に立ちますね。私は5分前後の動画しか頭に残らないので…作業の動画はコンパクトにまとまっているホームセンターのものを見ます。商品まで紹介してくれているので助かります。
島田までは日帰りでも十分な距離ですが、私の場合は運転に自信がないので1泊することにしています。
今回も、以前娘たちと泊まったビジネスホテルの居心地が良かったので、同じホテルを予約しました。近くに気軽に食べられるお店もあり、テイクアウトのお店も、コンビニもあるので夕食はその時の気分とお腹の調子で選べます。早めにお風呂に入ってお部屋でのんびり。早めに寝ます。翌朝は少し早めにホテルをチェックアウトして、蓬莱橋(ほうらいばし)を見に行きました。蓬莱橋は大井川に架かる897.4mの「世界一長い木の橋」。1997年にギネスに登録されています。江戸時代には架橋・渡船が許されなかった時代を経て、牧之原台地開墾のために明治12年(1879年)に架橋されました。牧之原台地は茶園開墾のためでもあり、今なお美しい茶畑が広がっています。今は補強がしっかりされていますが、私の記憶では、台風などで橋が流されてしまう姿を何度か見ました。蓬莱橋の横を走る島田大橋から、川の様子を見るのが幼いころから好きでした。時代劇の撮影場所としてもつかわれることが多く、母と一緒にテレビを見ていて「おぉ、蓬莱橋だ」と何となく優越感に浸ってしまうこともありました。通行料金は大人100円(子ども10円・自転車100円)営業時間内は橋のたもとにいる「橋番」に支払います。今回、橋は渡らず遊歩道を少しだけ歩いて橋を眺めていました。旅の合間にある空白の時間は貴重ですね。
その後は和菓子屋さんの「龍月堂」へ。いつも娘たちに買い物を任せているので、店内に入るのは初めてでした。賞味期限の短いお団子やお饅頭、少しおめかしした来客用、洋風のケーキまであって目移りしてなかなか決められません。店内が奥へ長いので、手前から順番に注文をお願いしていきました。あとで確認したら、一番好きな和菓子が注文できておらず・・・残念。

島田最後の寄り道は「大村屋酒造」の日本酒を購入すること。今年は酒蔵建て替えのため、季節限定の「鬼乙女 春」が仕込まれていないので、他の銘柄と酒屋さんにおススメされた藤枝の志太泉酒造のお酒を購入しました。生酒を中心に購入したので、早めに飲まないと・・・
帰路は新東名「島田金谷IC」からのルートを選択して駿河湾沼津SAを目指します。1時間ほどで到着。帰り道は、夕食や保存食のための食材を購入することが多いです。ワサビ菜や立派な椎茸、黒はんぺんを購入しながらお酒のおつまみを想像してニヤニヤ。このまま自宅へ直行運転するため、甘味(ソフトクリーム)を補給して出発。苦手な山北・大井松田周辺を慎重に通り抜けて帰宅。
はじめて島田へのロングドライブをしなければならないときに、友人から言われたことがあります。高速道路が怖いとか、体力が心配とかグダグダ言っていた私に「だれにとっても、いくつになっても、初めてのことはあるよ。エイっとやってみて。かおりさんは絶対にできるから」。
この「あなたは絶対にできる」という言葉にフッと背中を押してもらいました。
自分に対しての根拠のない自信といえば、その通りなのですが・・・その時から私の中で「怖いけれどやってみる」という気持ちが小さくとも育っているような気がします。
50代も後半になれば、大抵のことはできるはず。
その気持ちを過大することなく、過小することなく、自分で自分を見極めながら過ごしたいものです。
父の命日は4月20日。
その前後にお墓参りをすることにしています。場所は静岡県島田市。一人でのロングドライブは緊張しますが、ゆっくり安全に行けば問題ない距離です。途中の休憩を十分にとれば3時間ほどです。今回は、父の実家を受け継いでくださった古民家カフェのオーナー様とお墓で待ち合わせという、なんとも粋な約束をしていました。
朝の通勤時間を少し過ぎたあたりの8時半すぎに出発。
大抵は足柄SA、または駿河湾沼津SAで休憩をしていきます。今回は足柄SAで早いブランチを食べました。朝の10時にマグロ丼を食べる・・・。朝ごはんを食べていなかったので、丁度良い具合でした。どこで獲れたマグロかわからないけれど、美味しかったです。お腹も一段落したら、そのまま目的地へ向かいます。第一東名を通るか、新東名を使うか。いつもは新東名を使うのですが、この日の気分は「由比のパーキングエリアで海を見てからにしよう」という作戦に変更。下りの道路は海の景色が近くに見えるので由比PAはおススメです。(台風が接近すると由比のあたりは通行止めになることもあります。それだけ海が近いということです。)その日の海は静かに凪いでいて、珍しく白波すら見えないほどの穏やかさでした。短い休憩をして、そのまま走っても待ち合わせ時間には十分間に合いそうなので、いつもは寄ったことのない日本坂PAでトイレ休憩。そして、吉田ICを降りて島田市内へ向かいます。ちょうど、茶摘みの時期が近いので茶畑が美しい濃い緑色にかがやいていました。大井川を渡れば島田市。いつもの「清水屋の小まんじゅう」をゲットして、車の中で早速味見をします。美味。日本酒の香りがほわっと立ち上り、弾力のある皮とこしあんのハーモニーを片手でポッと食べられる手軽さ。ついつい食べ過ぎてしまいます。

島田市には魅力的な和菓子屋さんがたくさんあるので、お腹の調子は整えておかないと・・・。早めにお昼を食べておいたので、程よく小まんじゅうがお腹をみたしてくれました。近くにある大好きな「大井神社」にもご挨拶をしました。いつ訪れても「気」に力があり、身が引き締まりつつも優しく包んでくれる、心の穏やかになる場所です。久しぶりにおみくじを引いてみたら「大大吉」。丁寧に御礼を申し上げて少しだけお庭を散策しました。
そして、お墓参りへ。
お寺の住職へご挨拶。いつも「よくきたね~」と笑顔で出迎えてくださって嬉しい限りです。お寺の耐震工事の話や、私の家族の話、父の思い出話に花が咲いて気がつけば待ち合わせの時間が過ぎてしまっています。あわててお墓へ向かってオーナー様と合流。不思議なご縁で巡り合った素敵な方。さぞやご先祖様も驚かれているだろうけれど、お家を中心に仲良くさせてもらっていますよ・・・とご報告できました。
その後は二人で「島田市博物館」を見学。

父が良く訪れて、俳人・塚本如州(じょしゅう)について調べていたので行ってみたい場所でした。松尾芭蕉が島田宿に逗留した際に親しくなった様子で、市内のあちらこちらに歌碑がたっています。(父は趣味が俳句だったことと、同じ苗字に親近感があった様子でした)島田は東海道23番目の宿場町。【箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川】と唄われた川越しの場所として有名です。橋がかかっていなかったため、川越しは人足に任せるしかなく、大井川の水位が上がると川止めになって幾日も渡れずに旅人泣かせの難所だったともいわれています。町民も武士も大名も川を渡るのは同じですが、身分によって運ばれ方に差があります。人足に背負われたり、蓮台に乗せて運ばれたり、駕籠ごと蓮台に乗せたり、蓮台に漆が塗ってあったり・・・お値段の差もなかなかのもの。(今の値段に換算して3000円から15万円くらいとか)さらに、川の深さによっても値段が変わるのですから、その頃の島田宿、それはそれは活気があったことでしょう。今ではのんびりとした穏やかな時間の流れる島田市ですが、当時の川合所や札所、宿などの遺物もきれいに残されており、未だに移築や改装をかさねて歴史を今に伝えてくれています。一人でじっくり見学するのも楽しいですが、こういった場所は、それぞれの知識を出し合って様々な角度から展示物を見るのは幾重にも楽しさが増します。
その後は父の実家、今では古民家カフェとなった場所へ移動してオーナー様とおしゃべりを楽しみました。
本来ならば、父の実家を売却したらその後は手を離れてご縁はなくなってしまいます。でも、そのままの面影を残してくださって、更にその家の姿を「大好き」と言ってくださる方にお譲りできたことは、私自身は父のため以上にご先祖様のためにも良かったなぁと安心することにもなります。
私にとっても大切な場所。
できる限り訪れることができるようにしたいと思っています。