「ライフオーガナイズ」という言葉は、先の「88歳になった自分」を想像するという質問を投げかけてくれた講師が「ライフオーガナイザー®」という肩書も持っていらしたのです。物腰の柔らかな、年代の近い方の魅力にひかれてライフオーガナイザー2級講座を受講しました。
ちょっと変わった「ライフオーガナイズ」というオシャレな言葉の響きが気に入ったのも理由の一つです(ミーハー)。
そして、「思考を整える」という言葉にピンときたことも確かです。
私はもともと児童心理学や人を観察することに興味があり、自分の子育ても独自の信念があったので、「その人それぞれの方法で」というところに共感があったのだと思います。私は子育ても、それぞれの特性を活かして個別に向き合いたい、という思いが強くあり、それは子どもが生まれる前から意識していたことです。そしてその後、ライフオーガナイズを学んでからもより一層、気にかけ気をつけていることです。
更に、50代からの自分にはヴァイオリニストだけではなく、他にも自分を活かせる場所が欲しいと願ってもいました。
子育てを終えてからの残りの人生を、もっともっと豊かにさせたいという思いが大きかったです。
それがこの「ライフオガーナイザー」という資格を使うことができるかもしれない、という「野生の勘」だったかもしれません。
資格取得はそれなりの覚悟が必要です。
その講座に集中する時間、お金、取得後に活かせるかどうか・・・
その時の私は、単純に「あの講師と同じフィールドにいたい」という思いが一番でした。
その他のことは「なんとかなるはず」という見切り発信。
相談した講師は「最終課題はかなり大変だから受講時期を考えた方が良い」とのことで、それでも遅くならないうちにと申し込みをしたことをはっきり覚えています。
講座は自分にとって新しいことが多くて大変でした。
片付けが不得意でも、得意でもなく、ライフオーガナイザーとして必死にやっていこうとも思っていない、ヴァイオリニストとの両輪で何ができるのか全く不透明の状況。胸の内は「とにかく、憧れの講師の傍にいたい・・・」という思いだけでした。コンベックスの使い方もあやふやで、製図に関しては素人以下の有様。最終課題の事業計画書は毎日朝から夕方までパソコンに張り付いて、何とか仕上げた感じでした。パソコン操作もあやふやだったため、本当に苦労しました。
合格通知をいただいたときは、力が抜けました。
資格取得は不合格になることはなく、課題再提出を繰り返して合格することができます。「資格取得は単なるスタートだからこれからが大変ですよ」と言われてその通りだと思いました。
私は今、50代後半を歩いています。
50代は予想外の出来事が多く、今まで生きてきた年代を改めて思いなおす時期にも重なりました。
その一つが、ライフオーガナイザーという職業に出会ったことかもしれません。
ヴァイオリニストなのに、どうしてライフオーガナイザーになったのですか?
よく聞かれる質問です。
私自身は、音楽家も一人の生活する人間ということで、ライフオーガナイザーという職業についての違和感はありません。
思考や生活空間が乱れれば、パフォーマンスに支障が出ることは当たり前のこと。
そこを物理的に改善できるのであれば、その方法を知っていることに損はありません。
転機は50歳という年齢でした。
元気な高齢者がもてはやされ、【人生100年時代】と言われ始めたころです。
私自身は「あと50年もあるのか・・・」と否定的な思いも強く、「いつまでヴァイオリンを弾くことができるのだろうか?」という不安が押し寄せました。うっすらと心の中では不安に感じながらも、「100歳でベートーヴェンのソナタを10番まで弾く!」なんていう途方もない目標を立てたりしました。その時の家族のことなど考えもせずに・・・。なんとなくジタバタしながら、子どもたちの巣立った後、夫との老後、人生の目的などに想いをめぐらし始めたころ、コロナの時代に突入しました。
今まで整頓されていたと思っていた我が家は、家族4人が常に一緒に生活していくには窮屈で居心地が悪かったです。
勉強や仕事に追われる家族を横目に、自分の居場所がなくてイライラする私。ヴァイオリンの練習もきちんとすることができず、当面の自分のやるべきことは家族の食事準備や掃除。近くに住むけれど高齢のためにサポートの必要な父の安否。とにかく家族それぞれが居心地の良い空間を取り戻そうと躍起になっていた気がします。それでも私は自分自身を取り戻すことができない。自分の仕事(練習)を、家族がいる時にできないというジレンマ。それまできちんと自分の練習時間を家族に共有していなかったツケがまわってきただけでした。
そんな時に出会ったブログに「88歳の時に、あなたは何をしていますか?」という問いかけ。
100歳よりもう少し現実的な問いかけ。30年後なら少し想像ができる。
アタマのまわらない日。
今年は・・・という言葉が適当かどうかもわからないけれど。
何をするにも二の足を踏んでいるような気がする。
もしかして、足がすくんでいるのかも。
寿命のことを考え始めて逝ってしまった人のことを強く思う日々。
それは春という季節が私にもたらすモノなのかも、とも思う。
ブログ執筆も、今年も80を過ぎたけれど、きちんと書きあげている記事は案外少ないのかもしれないと愕然とする。
何度も書き直しても文章がまとまらない日もある。
そんなときは「しょーがないなー」「そんな日もある」とつぶやく。
でも、私はここであきらめない。
とにかく書く。
できる人は、必ずそんな時でも物事を遂行しているから。
たとえそれが駄作になったとしても、行動することに意味があることを知っているから。
ヴァイオリンの練習も同じ。
「今日は集中できそうにないなぁ。無理そう」と思っても、とにかく楽器ケースを開ける。
調弦する。
それだけで身体のどこかにスイッチが入る。
毎日質の良い練習なんてできないことはわかっている。
時々、すっぽりと落ち込んで弾けなくなることがある。
そんなときは、「しょーがないなー」「そんな日もある」とつぶやきながら、ヴァイオリンを弾く。

春分の日。
祝日の今日は朝から気温が上がらず雨模様になりました。
昨日、東京で桜の開花宣言があり春本番かと思いきや、こうして気温が下がると寒暖差に体調が乱れがちです。
今年は寒暖差がいつもより激しいような気がするのは、なぜでしょうね。
それでなくとも年度が替わる時期ですから、まとめの時期、新しい環境、細かい書類作業など、ストレスを感じやすいことも重なって自律神経に負荷がかかります。交感神経が働き続け、身体が緊張した状態が続くということです。血管が緊張して流れが滞り、動悸、イライラ、落ち込みなどの不調。身体が緊張して食欲不振、下痢や便秘、睡眠障害などの影響もでてきます。
どれも今の私に当てはまるような症状ばかりです・・・
ふとした気のゆるみから風邪をひき込み、回復まで時間がかかりました。
決まっていた予定は気合で乗り越えられたのですが、なぜかすっきり治らないのはトシのせいなんでしょうか・・・
考え出すとネガティブになっていくのでストップします・・・
少しでも解消するための第一歩は、「深呼吸」
とりあえずゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐く。
3回繰り返すことができれば、確実にラクになります。
それだけで充分。
以前はそんなことすらできずに、アタフタと予定をこなし、無理をして体調を悪化させて、それでも頑張れると突っ走っていました。
でも、それは体力があったから、そういう無理ができたから。
今は自分が倒れたら、だれも面倒を見てくれないので、自分で管理するしかありません。
一人で倒れていたら、色々な人にご迷惑をおかけするのは目に見えています。
これからは、「どのようにブレーキをかけたらよいのか」を学ぶことが必要のようです。