今日は私にとって夫の本当の命日。
3年前の4月、私は夫と実父を12日の差で亡くしました。
片方は予告もなくいきなりのナイフのような事実が私たち家族を貫き、呆然としつつ、正気を保つことに集中するしかありませんでした。もう一つは、余命宣告を受けつつ、最後までの日々をどう燃やし続けるのか模索し、燃やし尽くした最期となりました。この二つの出来事は、私に相容れないものを同時に飲み込むという、狂気に満ちた経験を心に刻み付けることになりました。心から滴り落ちる血は、以前ほど大量ではないものの、未だにダラダラと流れ続けています。3年前の私は、何事もなかったように振舞い、普通に立っていることを自分に課すために目の前の事務的手続きを無我夢中でこなしました。夫や父のすべての名義を自分に変更することや、細かくて気が遠くなるほど多くて細かいアポイントメントと連絡作業。膨大な電話・メール・対面対応など。今考えても気が狂いそうになります。夫の葬儀の翌日に地域の理事会へ、平然と出席していた自分はおかしいとしか言いようがないけれど、そうすることしかできなかったです。そういった作業が積み重なってどれだけ神経を疲弊させ、果てしない底へ沈んでいくことになっていたのか。意識にありません。あのころの私は「なんだかヒマラヤ級の山々を踏破しなきゃならないみたいだ」と姉に呟いていたことを覚えています。
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昨夜、映画「ファーストキス 1st KISS」をみた。嗚咽が止まらなかった。
朝、アパートの玄関を出ていく後ろ姿を最後に事故死してしまう夫。遺された家族を苦しませている夫に対しての苛立ちを持て余している妻は、なぜか夫と初めて会った日へ何度もタイムスリップができるようになってしまう。過去に戻って夫の命を救うために些細な出来事をすり替えてみるけれど、最後の死はどうしても防ぎようがない。思い余って妻は、死を回避させるために自分ではなく他の人と結婚する選択肢を夫に選ぼうとさせるけれど、それが二人の本意ではないことに気がつく。結局夫は、自分が15年後に死ぬということを抱えながら妻と結婚してその最期までを二人で生きることを選ぶ。二人はその結末を選んだ。そしてやはり死はやってきた。
人生の中で本当に大切な人に出会えるって、なんて幸福なことだろうか。失うとわかっていてもその大切な人との時間が、15年であっても、25年であっても、50年であっても、たとえ1日であっても、何か拠りどころにできる出来事があれば人は生きていくことができるらしい。その拠りどころとは、些細なことかもしれないし、大きな出来事かもしれないし、困難なことかもしれない。私と夫は全く違う気質もあり、混乱して衝突することも少なくなかった。お互いに疲弊するほど神経をすり減らしたこともあったけれど、お互いにお互いから逃げることはなかった。最後の砦はいつでも二人だったから。
そして私は夫と一緒に家族を築いた。この家族は本当に唯一の大切な存在へと成長した。誰にも壊すことのできないほどの強い家族になったと誇りをもって言える。困難もたくさんあったし、大変なこともたくさん経験した。でも、その家族は夫としか創造することができないことであって、誰でも良いわけではなく、誰とでもできることではなく、私と夫でしかできなかった。
生きるということは、喪失と再生の繰り返しだ。
喪失は予測不能で突然の顔をしてやってくるけれど、再生は遅々としていてのらりくらりして進めることをしない。
それでもあきらめずに生きていくことが、失った人との時間を抱きしめることになるのだと思う。
そうやって、夫がいつまでも自分の中に生き続けることができるように。

私の母も、父も、夫もいっしょにここで私を待っている