朝から気温の上がった土曜日。
気持ち良い風が吹いて、新緑の季節を感じました。
年々、季節の移り変わりが早く、夏がすぐにやってくる感じです。
庭作業や窓拭きがはかどりました。
昨日までのブログチャレンジを終えて、今日は少しホッとした気分です。
今年も走り抜けたなぁ、と思いながらもこれからのブログ投稿に思いを馳せます。
音楽家として、母として、日々を生きる一人の生活者として、また一から少しずつ書いていきます。
今日は作業の合間に本を1冊読了。
『人は生きてきたように 死んでいく「死の準備」していますか?』(坂口幸弘 光文社新書)
題名を見ただけだと「突然失われた命はどう考えればいいのか?それも生きた先がその死なのか?納得できない」と思ってしまうが、作者は【望んでいたような最期を迎えられなくとも、理不尽な死の現実を決して故人の責任に帰すべきではない】とはっきり書いている。この本を最初から読んでいれば、言葉の端々に様々な死の在り方を説いているので題名だけを深く考えることはない。それでも少しひっかかるけれど。私が3年前から折に触れて思っていたことが書かれていた。ふと言われた言葉、態度、目線。自分や家族が心の奥底を凍らせて過ごした時間。すべてを思い起こした。でも、私は生きている。今ここで命を燃やしている。【生きている生の先に死があるのではない。生と死は表裏一体で同時に存在するものだ。】
そして作者は最後に【今この瞬間は、自分が思っている以上に、きっと幸せで、かけがえのない貴重な時間なのである】と説く。
3年間、いろんな本を読んだ。どれも心に残っているし、今の自分を形作っている。
本は自分のペースで読めるからよい。
そして、自分のペースで咀嚼すればよい。
毎日ブログを書くのはなかなか大変です。
近頃はchat GPTに壁打ちしたり、過去の記事をもう一度今の気持ちに照らし合わせて書いてみたり、様々な工夫を凝らしてみました。特にchatGPTは面白くて、どんなことを言ってくるのかな?と楽しく会話していました。でも、やはり生身の人間と話をするのが好きな私にはどうしても疎遠になりがちで・・・なかなかうまく記事を書くまでの関係になり切れていないのが本音です。AIの分野は進歩が速くてついていくのに必死ですが、最初からあきらめずにちょっとずつでも使っていきたいと思っています。何事も挑戦して。
結論は、自分のアタマで、言葉と格闘しながら、最初から書くことが一番自分らしいのかも・・・ということになっています。今のところ・・・
毎日書いていると、体調や気分、季節の移り変わりやお天気に左右される自分が、なんだか愛おしく感じます。
頑張っているよね
ちゃんと生きてるよね
大丈夫
そんなことを確認しながら書き終わると、私の1日がちゃんと幕が下りる気がします。
2026年元旦から始まったブログ100チャレンジ。
同じく毎日奮闘しながら書き続けていた仲間たちのホームページをちゃんとピン止めして、明日からも黙々と描き続けていこうと思っています。

今日は私にとって夫の本当の命日。
3年前の4月、私は夫と実父を12日の差で亡くしました。
片方は予告もなくいきなりのナイフのような事実が私たち家族を貫き、呆然としつつ、正気を保つことに集中するしかありませんでした。もう一つは、余命宣告を受けつつ、最後までの日々をどう燃やし続けるのか模索し、燃やし尽くした最期となりました。この二つの出来事は、私に相容れないものを同時に飲み込むという、狂気に満ちた経験を心に刻み付けることになりました。心から滴り落ちる血は、以前ほど大量ではないものの、未だにダラダラと流れ続けています。3年前の私は、何事もなかったように振舞い、普通に立っていることを自分に課すために目の前の事務的手続きを無我夢中でこなしました。夫や父のすべての名義を自分に変更することや、細かくて気が遠くなるほど多くて細かいアポイントメントと連絡作業。膨大な電話・メール・対面対応など。今考えても気が狂いそうになります。夫の葬儀の翌日に地域の理事会へ、平然と出席していた自分はおかしいとしか言いようがないけれど、そうすることしかできなかったです。そういった作業が積み重なってどれだけ神経を疲弊させ、果てしない底へ沈んでいくことになっていたのか。意識にありません。あのころの私は「なんだかヒマラヤ級の山々を踏破しなきゃならないみたいだ」と姉に呟いていたことを覚えています。
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昨夜、映画「ファーストキス 1st KISS」をみた。嗚咽が止まらなかった。
朝、アパートの玄関を出ていく後ろ姿を最後に事故死してしまう夫。遺された家族を苦しませている夫に対しての苛立ちを持て余している妻は、なぜか夫と初めて会った日へ何度もタイムスリップができるようになってしまう。過去に戻って夫の命を救うために些細な出来事をすり替えてみるけれど、最後の死はどうしても防ぎようがない。思い余って妻は、死を回避させるために自分ではなく他の人と結婚する選択肢を夫に選ぼうとさせるけれど、それが二人の本意ではないことに気がつく。結局夫は、自分が15年後に死ぬということを抱えながら妻と結婚してその最期までを二人で生きることを選ぶ。二人はその結末を選んだ。そしてやはり死はやってきた。
人生の中で本当に大切な人に出会えるって、なんて幸福なことだろうか。失うとわかっていてもその大切な人との時間が、15年であっても、25年であっても、50年であっても、たとえ1日であっても、何か拠りどころにできる出来事があれば人は生きていくことができるらしい。その拠りどころとは、些細なことかもしれないし、大きな出来事かもしれないし、困難なことかもしれない。私と夫は全く違う気質もあり、混乱して衝突することも少なくなかった。お互いに疲弊するほど神経をすり減らしたこともあったけれど、お互いにお互いから逃げることはなかった。最後の砦はいつでも二人だったから。
そして私は夫と一緒に家族を築いた。この家族は本当に唯一の大切な存在へと成長した。誰にも壊すことのできないほどの強い家族になったと誇りをもって言える。困難もたくさんあったし、大変なこともたくさん経験した。でも、その家族は夫としか創造することができないことであって、誰でも良いわけではなく、誰とでもできることではなく、私と夫でしかできなかった。
生きるということは、喪失と再生の繰り返しだ。
喪失は予測不能で突然の顔をしてやってくるけれど、再生は遅々としていてのらりくらりして進めることをしない。
それでもあきらめずに生きていくことが、失った人との時間を抱きしめることになるのだと思う。
そうやって、夫がいつまでも自分の中に生き続けることができるように。

私の母も、父も、夫もいっしょにここで私を待っている
今日は「花まつり」(灌仏会・かんぶつえ)
仏教の寺院では、お釈迦様の誕生を祝う代表的な行事と言われています。
花で飾られた「花御堂」の「誕生仏」(右手で天、左手で地を指すお釈迦様の像)に甘茶をかけて日々の幸せや無病息災、子どもの健康や成長を願う風習があるとのこと。甘茶をかけるのは、お釈迦様が生まれた時に天から甘い雨(甘露)が降り注いだといういわれに基づいているそうです。春の光があふれるこの時期に、子どもを連れてお参りする家族も多いとのことで、華やかで賑やかな行事ですね。
私がこの行事を知ったのは、夫と知り合ってからです。
夫の住んでいた近所に弘明寺観音(京急線・弘明寺(ぐみょうじ)駅)があり、たまたま花まつりちかくの週末に「花御堂」を見かけたので教えてもらいました。
「昔からこんな感じだったなぁ。甘茶のふるまいがあって、もらった記憶があるよ。結構子どもがたくさん来ていてにぎやかだったなぁ」と言いながら二人でお参りしました。その時は娘たちもまだ生まれていなくて、そのうち家族で来ることがあるのかなぁ、と満開の桜を見上げながらボンヤリと想像したことを覚えています。今年も変わらず、先日の週末と本日、花まつりの行事が開催された様子です。毎年変わらずに続く行事は、遠くにさまよう心がふと戻ってこれるような、そんな安心感がありますね。
今日は昨日の大荒れの天気から一転して、明るい日差しの一日。
新しいランドセルの小学一年生、新しい制服の中学生が、ちょっと緊張気味に歩いている姿を見ることができました。
季節もすっかり春本番となりました。