こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。
娘たちはこの旅で、自ら積極的に異国の空気を楽しむことを覚えました。
私たちも手取り足取り教えるのではなく、
お店などでケーキやおかずを自分で選ぶように声をかけたり、
スーパーでも自分がおいしそうだと思うものを試してみるように言いました。
特に長女には中学校で習った英語でも通じるかどうかトライしてみるように背中を押しました。
わからないなりにも得るところはあったようで、コミュニケーションの大切さを感じる一歩になったと思います。
お気に入りの漫画の主人公が食べていた【カヌレ】が食べたくて、
ショーウィンドウをのぞいていたところを、お店のおじさんにフランス語で延々と話を聞かされている長女。
その横で目を丸くしている次女。
本場の【カヌレ】の味は忘れられない味となったようです。
家族それぞれが、それぞれの楽しさを享受した思い出。
一日中歩きまわって疲れてアパルトマンに戻ってくれば、サラダとワインを飲んでベッドに倒れ込む。
健康的でした。
ただし、娘たちに一番厳しく伝えたことがあります。
危険を察知する能力を養うことでした。
海外は日本ほど安全ではありません。
旅行者となると、危ない場所に気がつかずにトラブルに巻き込まれることもあります。
夫と私のすべての行動を娘たちはちゃんと見ていたような気がします。
一度RER(近郊線)の列車に乗って移動したことがありましたが、
とにかく駅のホームが暗くて不安になりました。
どうしてもその列車に乗らないと帰れないものだったので仕方がありませんでした。
その時にも
「こういう列車は気をつけた方がいいからね」
と一言いうだけで娘たちにはそれが何を意味するのか分かったはずです。
10年後の今、娘たちには危機察知能力がきちんと備わっていると思います。
娘たちは
「あのときは、何となくしかわからなかったけれど、あの経験がすべての源になっているような気がする」
と言っています。
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。
https://ototabi-kaori.com/contents_181.html
旅の続き。
ドイツでの目的はドイツ人の教授からヴァイオリンのレッスンを受けることが目的。
二人とも言葉が全部わからないまでも、とにかく必死に真似をする様子を見て、連れてくることができてよかったな、と思いました。
またこの街にみんなで来たいね、という期待を残して次の地フランス・パリへ移動。
パリのホテルは本当に高いので、
夫が苦労してウィークリーマンションのようなアパルトマンを予約してくれました。
オフィスで鍵を受け取って地図を頼りに行ってみるも、なぜか語学学校にたどり着いてしまい途方に暮れました。
親切な語学学校の受付の人がネットで検索してくれてプリントアウトしてくれて助かりました。
よくよく見れば3ブロックくらい歩かなければならないらしい。
シャンゼリゼ大通りをスーツケースを引っ張りながら
「ねぇ、この道って凱旋門にむかって上り坂なんだね~知らなかったわ」
と夫と息を切らしながらゼイゼイ言って笑いました。
この時、日本出国時から壊れかけていたスーツケースのタイヤは、すっかりダメになってしまいました。
夫はほぼスーツケースを抱えて汗だく。
宿泊場所は本当にパリのアパルトマン。
道路に面した外玄関の大きな扉を「よいしょ」と開けると中庭へ。
先に見えているガラス張りの入り口のドアを開けると小さなエレベーター。
映画でよく見る「鳥かご」のようなエレベーター。
人が一人とスーツケースでいっぱいになってしまうので、あとの人は階段。
らせん状のステップが小さい階段なので、気をつけないと滑って転がり落ちてしまいそう。
アパルトマンの部屋は清潔で家族4人には大きすぎるくらい。
生活用品がちゃんとそろっているので、食べ物を買いに行けば快適に暮らせます。
窓を開けると中庭が見渡せて、ご近所さんの普通の生活を覗き見ることができました。
夕方になるとロウソクの灯る家。
朝になれば早くから電気をつけて身支度している様子。
娘たちはロフト付きの寝室に大喜び。
朝から近所のパン屋さんに行って、焼き立てのクロワッサンやパン・オ・ショコラを買ってきて食べる毎日。
お昼に少し奮発して食事をすれば、夜はカルフールスーパーやモノプリで野菜とハムとチーズを食べれば十分。
本当にパリに暮らしているような毎日でした。
移動は地下鉄と徒歩。
スリやひったくりに注意するべく、地下鉄に乗ることは極力避けました。
ただひたすら地図を握りしめて歩く。
2015年のあの頃、パリはテロに揺れた日々でした。
どの観光施設も入場するときのセキュリティチェックが厳しくて長蛇の列。
エッフェル塔もルーブル美術館も、どこもかしこも2時間から3時間並びました。
それでも、私たち家族はあきらめることなく、たくさんの観光地を巡りました。
とにかく一度は見ておけばいい。
次に来るときの、何かの足掛かりになればいいから、という理由でした。
極めつけはキリスト教最大の行事「受難の金曜日」。
私が好きなサクレクール寺院に行った日は受難の金曜日でした。
地下鉄の駅を降りると、とにかく人が多くて何事かと思えば、十字架の道行きを祈りながら教会へ向かっている各国の巡礼者。
そんな光景も娘たちの記憶に残っているようです。
駆け足だったけれど、全ての記憶がちゃんと刻まれた旅。
その後、何度も家族の中で話題に上りますが、どれも良い思い出であり、共有する気持ちに絆を感じています。
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。
今から10年前の2015年。
ちょうど今のような春の時期に家族でヨーロッパへ1週間の旅をしました。
目的はいくつかありました。
一番の目的は楽器鑑定書の名前を私自身の名前に変更することでした。
結局この目的は事情があって果たせなかったのですが、
そのほかに
娘たちも小学生と中学生。
ちゃんと記憶に残る旅にしたかったので、年齢的にも十分な時期でした。
4人家族中3人がヴァイオリンを背負って、羽田空港を深夜に飛び立つ飛行機でパリを経由してドイツのデュッセルドルフ空港へ。
飛行機酔いをした長女に気を遣いながらも、到着早々にレンタカーをして、ケルンまでアウトバーンを走る。
有名なケルン大聖堂にある500段の階段を登って先頭からケルンの街並みを見下ろすという暴挙から始まり、
私の師匠のヴァイオリンレッスンを受けたり、
デュッセルドルフの街並みを懐かしく思う時間。
あれもこれも見せたい。
欲張りすぎるとわかっていても伝えたい。
娘たちは文化の違いに目を白黒させながら後をついてきました。
ドイツ語や英語の飛び交う生活。
教授の自宅に招かれて、初めて見る海外のおうち。
体格の大きなドイツ人。
食べるものも量も、日本と全く違うメニュー。
歩きにくい旧市街の石畳の道。
ザブザブと激しい音をたてて流れるライン河のたっぷりな水。
教会の鐘の音。
建物の大きさや色彩、サイレンの音。
すべての五感をフル稼働させたような時間。
娘たちがガッツでついてくるバイタリティに感心しながら、自ずと私も夫も声が弾んできました。
春先のお天気の安定しない雲のながれ。
風が冷たくて、その時撮った写真を見返すと常に髪の毛がボサボサ。
でもみんな笑っていました。
2025年1月1日からはじめたブログ100チャレンジ。
完走しました。
ホームページ作成・管理のコンサルティングをお願いしているリウムスマイルの穂口代表の
ゆるいあつまり「お布施ブログ100チャレンジ」に参加しました。
ご一緒した方々が、それぞれの職業で一生懸命頑張っている姿を毎日拝見して
「え~こんなすごいこと教えてもらっていいんですか!?」
と、本当に楽しく参加しました。
初めの一歩はとにかく大変でした。
自分のホームページのブログを書いたことがなかったので、
その場所をどう整備すれば良いのかもわからず、
書いたブログをどうやってグループにお知らせしたら良いのかもわからず・・・
というマイナスからのスタート。
さらに年末の大晦日に体調を崩して
書き上げるはずだった最初の1本目の見直しが
あやふやなままのスタート。
その後も調子が乗らずに右往左往する日々。
これでは先が思いやられる、と思いつつも
「とにかく書くこと!」にこだわりました。
下手であたりまえ。
書きながら自分を探していこうと思いました。
私の目的は
①お客様に私という人物を知っていただく
②執筆の100本ノックを体験する
ということだけ。
始まってみれば、さらに大変なことばかり。
「大体こんな方向で書こうかなぁ」と思っていたのに考えが文字にならない。
あれ?もうちょっと書けると思っていたのに全然できないぞ・・・
気持ちは焦るばかり。
とにかく書いてみたのにボタンを押し間違えてどこかに消えてしまったり。
「こんなんで100本も書き続けることができるのかしら?」と気落ちすることばかり。
でも、100本ノックですぐに結果が出るわけがない、
とにかく毎日書くことを自分に課してきました。
うん、正直、大変だった~
なんとか100本まで辿り着きましたが、まだまだやるべきことはたくさんあることに気がついています。
たくさんのアイデアや言葉の使い方を学ばせてもらいました。
これで終わりにしない。
せっかくのペースを無駄にしない、と心に決めました。
目まぐるしく過ぎていく毎日。
せわしなく、急き立てるように過ぎていく時間。
気がつけば1日が終わっていた。
やらなくてはならないことに追われて、やりたいことができなかった。
満足度、達成感の気持ちが少ない。
よくわかります。
その気持ち。
私の場合は、自分でかなり無理をしていても、
苦労しているようには思われなくて
「できる人はいいわよね」
と言われてしまうことが多々ありました。
え~・・・後ろで必死に耐えてたんですけどなぁ。
いろんなことに押しつぶされないようにって。
でも、ちゃんと自分の喜ぶ時間は確保していました。
ちゃんとね。
それが大切なんです。
2年前の4月に身近な人を2人、
12日の差で亡くした時も、
取り乱すこともなく、
粛々と悔いないように万事を取り仕切りました。
「普通じゃないよね、この状態」
と娘たちと話しながら、
周りの好奇の目を意識しながら過ごしました。
「負けてたまるか」
そんな意地もあったかもしれません。
日々を重ねて、
そのうち周りも慣れてくると、
ふとした瞬間に放たれる言葉にドキリとして
「あれ、この人は知っている人か、知らない人か?」
と警戒心が強くなりました。
警戒すると心拍数が上がるので、呼吸が乱れます。
今はあまりドキドキすることもなくなりましたが、やはり気をつけていないと呼吸が浅くなります。
それらのひとつひとつに、どれだけの時間がかかっていたでしょうか?
2年という時間の中では、とうてい消化することのできない自分とのすり合わせ。
乖離している自分の気持ちを一番にわかるはずである、自分を掘り出していく時間。
それが私にとってブログチャレンジだったかもしれません。
春にむかって華やかに彩られる世の中に、
ちょっと乗り遅れている私。
春という季節の軌道に乗るのは難しいです。
きっとこれからも。
急ぎすぎると心が悲鳴をあげます。
その声を、耳を澄ませてひとつずつ。
今日できなくたってかまわない。
きっといつかできるはず。
急ぎすぎると心が壊れます。
「壊れる」とは心のコントロールができない悲劇。
焦らなくても大丈夫。
少し遅れたってリカバリーできるはずです。
30代、40代はちょっと無理をしても、
頑張っても大丈夫でした。
体力も気力もあるし、なにより命にパワーがありました。
50代、ちょっと気をつけていきたいと思います。
ブレーキを踏むということがどういうことか、
改めて意識していきたいものです。
時間について「困ったな」と思ったら相談してください。
一緒に考えましょう。
時間はその人によって意識が違いますし、
年代によって使い方にも個性が出てきます。
でも、どんな方でも時間を可視化してみることが大切です。
「ふむふむ、この時間帯に手持ち無沙汰になるのね」
「お、この時間はとても頭が回る時間」
「この時間は眠い」
ご自分のクセをみつけて、
ご自分を味方にして、
時間を伸び縮みさせてみましょう。