塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2026/03/30
89「映画の原作を読む楽しさ」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


「国宝」(吉田修一)

映画「国宝」を見たのは去年の6月。ぼんやりと電車に乗っていた時に、予告編が流れていた画面にくぎ付けになり「これは見に行かなければ」とすぐに映画館へ行きました。あの時の興奮は未だに忘れられません。

映画を見に行った時の感想ブログ(2025年6月25日)

その時の感原作があることは知っていたのですが、映画を見てからすぐに読む気になれず、夏の終わりに買ったまま積読していました。

そしてこの冬の冬眠時期に読了しました。

映画とは全く違う物語でした。

歌舞伎という芸術世界を生きる者が、俗世をどう生きるのか、生きていかなければならないのか。

そのまばゆいばかりの光と闇よりも濃い影を併せ持つ役者が人間としてどうやってバランスをとるのか。

「虚」と「実」のはざまの「狂気」の中で生きていることを、私自身も50代後半になって理解することができるようになりました。

そして、登場人物それぞれが「狂気」との狭間でもがく様子にほんの少し共感をもつことができたのは、自分も舞台を知っているからかもしれません。

舞台の華やかさに隠された、泥臭い人間ドラマは音楽の幅と深さを限りなく増大させます。
ある程度年齢を重ねた音楽家には、誰にも真似ることのできない「スタイル」があると思っています。

語り口も独特で、大河ドラマの語りを聞いているような流れでした。

文章というものは、七変化できてバリエーション豊かで、こんなにも期待させることができる者なのかと思わずページをめくる手が早くなりました。

キーポイントとなるセリフが「あぁ、ここで言っているのか」と腑に落ちる瞬間もあって、それは映画を見たゆえの楽しい答え合わせの瞬間でもありました。

そういうことができるのは、映画から原作を読む楽しさでもありますね。


心に残った美しい文章

『悲しみを湛えた色。愛する人を失った悲しみがにじんだ湖面。失ったものが増えれば増えるほど湖面はその色を増し、まるで黒真珠のように鈍く輝き出す』

そんな人になりたいと思いました。





2026/03/29
88「春によせて」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

久しぶりに近所を歩いてきました。

もうすぐ満開の桜を眺めながら、春の空気を胸いっぱいに吸い込みました。

陽の光があたたかくて気持ちが少しだけ上を向きました。

今年の冬眠は長くかかりすぎてしまいました・・・

私の歩くペースは結構早いのですが、心のスピードは遅めです。


自分への声掛けを大切にしながら、ひとつひとつの作業を丁寧に収めていきたいものです。

ヴァイオリンを練習するひと時は音に集中すること。

ブログを書く時は言葉に集中すること。

料理をするときは味覚に集中すること。

 

一歩一歩のペースを大事に、揺れ動く春を静かな笑顔で過ごしていきたいと思っています。


2026/03/28
87「ヨーロッパは夏時間が始まる」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

ヨーロッパに住む娘たちとの時差が、今夜を境に8時間から7時間になります。

夏時間の始まりです。

今夜の午前2時に、時間がぐるりと1周早くなって午前3時となります。

電波時計はその瞬間を見ることができるので面白いです。
ドイツに住んでいたころは、街のあちこちの時計が狂っていることが多く、自分の時計だけが頼りでした。

夏時間への移動日は、睡眠時間も1時間少なくなるので、翌日にコンサートの仕事がある場合は要注意です。(実際に遅刻してきたコンサートマスターがいました。懐かしい思い出です・・・)


私の場合は娘たちとの連絡時間が、少し楽になります。

日本時間が夜7時だと、ヨーロッパはお昼の12時。

お互い食事時。

日本時間の朝6時だと、ヨーロッパは夜11時。

少し落ち着いて話ができる時間です。

以前より連絡の頻度は減りましたが、facetimeで顔を見ながら話せるのは時代のおかげです。


私が手伝えることは、他愛もない話を聞くだけ。もしくは壁打ち。

それぞれ抱える問題が違うので、聞くのも結構大変です。(そしてすぐ忘れるので呆れられる・・・)

私の子育ては18歳で完了すると決めていたので、その後は話を聞くことが主な役割です。

もちろん意見を言うこともありますが、そんな時は一つの選択肢として伝えるだけ。

ちょっと頼りない母だけど、人生の長さは私の方が長いから、それだけは自信をもって伝えられることが多い。

それで良いと思っています。


私より断然たくましく生きている娘たち


2026/03/27
86「ヴァイオリニストとメンタルオーガナイザー②」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


今日の記事は、昨日の続きです。 


85「ヴァイオリニストとメンタルオーガナイザー①」 こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。私の所属するライフオーガナイザー協会には専科資格に「メンタルオーガナイザー」があります。それをみつけたときに「自分の人生をコントロールできるということを実感する」という文言にと...
 

「メンタルオーガナイザー®」

この資格を取ったのは3年前の秋。

講座の申し込みは実父の寝ている横でした。

開催日程が不定期なこの資格講座を、逃してはならないと焦って申し込んだ記憶があります。

開講は6月と7月。

・・余命宣告をうけた実父は、その頃にはもういないかもしれない。
・・でも、様々なことをこなしつつも、きっと受講できる。
・・今度は対面だから、じっくりと勉強できるに違いない。
そんなことを思いながら、実父を看取った後の自分に力を与えるために受講を楽しみにしていました。
ただ、そんな状況にはなりませんでした。
4月になってから立て続けに実父を含めた家族2人の死。
葬儀・相続・手続きの嵐。

自分の状況は、まさにどん底以下。

こんなことで受講しても大丈夫なんだろうか・・・と不安に思いながら臨んだ講義は、やはりハードでした。


実験台はいつでも自分。

一緒に受講した仲間たちと先生に助けられながら勉強をこなしていきました。

途中で自分の心の中を厳しくえぐることもあって、少しだけ凹むこともありました。

何気ないひとことに、激しく動揺したりしました。

自分の心をのぞき込み、実験し、実践して、心が崩壊してもおかしくない状況を潜り抜けていたように思います。

同時に、自分の気持ちを外から見ることができて、客観的に自分を見るというクセを身に着けることができたように思います。


大丈夫。

自分で自分を支えることができる。

きっと時間がかかるかもしれないけれど、ちゃんと自分を支えることができるはず。

 

ただ、最終課題である実践のクライアントへのセッションは難しかったです。

まず、自分の状況を説明しなくてもよい知人を探すのに苦労しました。
課題だけに集中できる人にお願いしたかったからです。

その声掛けがなかなかできず、声をかけても「あなたのそんな状況のところに行けない」と断られることもありました。

最終的には家族も含めて3人の方に協力してもらって課題を仕上げました。

あのとき、私と一緒に過ごしてくださったクライアントさんには、今でも本当に感謝しています。

 

心を整える作業を自分でできるのは、自分自身がとてもラクになります。

私の場合は「喪の作業」をしながら、少しづつ進めていきました。
無理をしない、時間がかかっても大丈夫、自分を追い詰めすぎない。
もしかしたら、その作業は回り道だったかもしれません。
それでも私は自分の歩いている道を踏みしめたかった。
このような経験は、ヴァイオリニストとして演奏するうえで貴重な体験となり
自分の演奏に説得力が増したような気がします。
ヴァイオリニストは霞を食べて生きているわけではなく
俗世にまみれながら、泥臭く生きているということを
私自身は大切にしたいと思っています。





 


2026/03/26
85「ヴァイオリニストとメンタルオーガナイザー①」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私の所属するライフオーガナイザー協会には専科資格に「メンタルオーガナイザー」があります。

それをみつけたときに「自分の人生をコントロールできるということを実感する」という文言にとても共感しました。

「セルフコントロール」することによって、もっと生きやすく、もっとストレスを少なくという思考は私や私の家族にとって必要なことに思えました。私の場合は「自分と家族がもっと心地よく、風通しの良い関係でいるにはどうしたら良いのか?」ということが、50代になってより深刻な課題になっていました。子育て卒業を目前に、家族がそれぞれの場所で生き生きと暮らしていくには、今のままでは実現できないと感じていたからです。そのために、まずは自分が変わること、視点を変えることが急務でしたし、その変化を理論的に説明できる技術も必要でした。とにかく何かしなくては、どうにかしなきゃ、という私の「野生の勘」は当時の自分には漠然としすぎて、早まった行動、謎の焦りがありました。

でも、この「メンタルオーガナイズ」という手法は自分にとってこれからの人生に役に立つと信じていました。

憧れの「メンタルオーガナイズ資格取得(セルフ)」を受けられたのは1年後。

コロナ禍だったためオンライン講座だったので、パソコンの苦手な私は悪戦苦闘。

本当に大変で、講師にも受講生にもめいわくをかけっぱなしでした。

でも、これを乗り越えなくては資格取得ができなかったので必死でした。

同時期、娘たちがコロナ禍にもかかわらず果敢に海外へ勉強に出ていく時期でした。

心配が山積で焦りもあったし不安もある中で、改めて家族を、そして夫とのこれからの生活を考えた講座になりました。

最後のレポート提出は、自分なりの答えをひねり出したもので稚拙な文章で今読んでも恥ずかしい内容です。

でも、その恥ずかしさや絞り出した言葉の陰に、様々なヒントが詰まっていることを感じます。

 

まずは自分を実験台にして試してみることが大切。

それから他の人へ伝えていく作業なので、次の段階の「プロ」講座はなかなかハードでした。



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