去年の6月に、庭のリフォームをして芝生を撤去しました。
雑草を引き抜く作業が大変でしたし、夏の間は危険な暑さで庭に出て作業をすることもできず途方に暮れることが多くなってきたからです。一時期ご近所さんに草刈りをお願いしたこともあったのですが、私よりもだいぶ年上の方にお願いするのも気が引けました。そこで思い切って庭のイメージを一新することにしました。
芝生の庭は、我が家にとってたくさんの思い出がありました。娘たちが小さい頃は、おままごとの場所。お友だち家族との交流は、いつも庭で遊ぶことでした。バーベキューをしたり、鬼ごっこをしたり、遊びの宝庫でした。子どもたちも家の中の遊びに飽きたら庭へ出て、夏はビニールプールに花火、冬は寒い中でもおままごとなど、季節を問わずに楽しむことができました。
思えば実家の庭にも芝生があって、私にとってたくさんの思い出がありました。お友だちとの遊び場はいつも我が家の庭。走り回ったり寝転がったり、芝は万年剥げてしまっていつも茶色でした。テニスラケットを振り回したり、縄跳びをしたり、私の遊びの基本は我が家の庭でした。庭の中央にあった小高くなった小さな山は、歌番組の舞台になったり雪の季節の山小屋になったり、想像力で七変化でした。雨の日は、家の中から庭のくぼみに降りしきる雨粒を飽きることなくじっとみていました。
そのうち父のゴルフ練習場所となり、誰も庭に出なくなるとモグラが住み始めたようです・・・後年、父が困って「モグラ退治」の薬品を買っていました。
芝生の感触は今でも覚えていて、季節ごとの芝生の表情も思い浮かべることができます。
庭の芝生を撤去するにあたって、ご近所さんからは「もったいない」とさんざん言われたのですが、芝生をきれいに維持するのは案外手間がかかることと、誰も遊ばない芝生の庭は寂しいと感じたからです。それよりも、少しモダンな雰囲気でこれからの我が家のスタイルを表現したいと思いました。
変化していく庭の情景。
ずっと変わらないものはないんだなぁ・・・と少しセンチメンタルに眺める今の庭の風景は、今の自分にぴったりです。
ボンヤリと暦を見ていたら、今日は七十二候の「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」という何とも難しい文字の並ぶ頃らしいです。昔の人は、腐った枯草が蛍になったと思っていた様子です。草場にふわりふわりと舞う蛍は、梅雨の初めに羽化します。そう、蛍が舞い始める頃なんですね。
私の実家の近くには里山があって、蛍を見ることができました。幼い頃、蛍が見れることはそう特別なこととは思わずに過ごしていました。後年、父が独居している頃「孫に蛍を見せたい」と言われたのですが、私は6月が蛍鑑賞の時期と知らず「夏になったらね」とトンチンカンなことを言って、見逃してしまいました。残念なことをしました。
実家には蛍についての絵本がありました。あまり良く覚えていないのですが、蛍の一生を描いた絵本だったと思います。蛍は羽化して1~2週間で寿命を終えるので、その短い時間のことを綴った物語だったと思います。悲しい絵本はあまり好きではなかったので、その絵本の表紙を見るだけ、またはパラパラとめくるだけでした。そのときの絵柄が夏の様子にみえたので「蛍は夏に見るもの」という固定観念が植え付けられてしまったのかもしれません。
蛍には「人の魂が蛍になって現れる」という伝承が伝えられています。古くは和泉式部も詠ったとか。
小さな光を伴って、ふわり、ふわり、とあちらこちらに舞う蛍。
あの里山で、まだ見ることができるのでしょうか?
梅雨らしいお天気ですね。
先日ようやく読み終えた本のことを少しだけ。
『「世界を動かす宗教」講義』(池内恵 編著)
1か月くらい持ち歩きながら読んだ。なかなか進まなかったのは、自分の身辺が忙しかったからという理由もあるが、世界の動きを頭に入れながら歴史を追いながら読むのは私には難しかった。そもそも自分の基礎知識に偏りがあるからだと実感。まだまだ勉強することはたくさんあるな、と痛感。
政治に密接している宗教。私たち日本人には難しい問題だと感じてしまう。
個人的にはイスラムのジェンダー論がとても興味深かった。イスラムの女性は制限が多すぎるのではないか、という一般的な見方は正解ではない。その社会で生きている女性たちは、自分たちがより良い生活ができるようにとしっかりと主張しているのだ。声高に発信するのではなく、より深いところでたくましく、したたかに生きていることを感じる。自分の生き方に軸があるのだと思う。
日本の宗教は曖昧だと言われる。そのあいまいさが自由に感じられるし、束縛にもなり、逃げられる余白にもつながっている。言葉にしなくとも・・・という感情・感覚の美しさを磨いてきた私たち日本人も、時代の流れに沿って緩やかに変化の途中なのかもしれない。すべてを言語化することは難しいとしても、言葉にするからこそ理解しあえることも学んでいかなければならないのだと思う。
サックスのコンサートを聴きに行った。
word,without words/yoshida mitsunori
(saxophone/flute YOSHIDA Mitsunori ・ Pianoforte TAKADA Yukie)
土曜日の夜8時開演で1時間のプログラム。
1日の予定をこなしてから準備をして、のんびりと出かけて1時間という時間を楽しく過ごしてサッと帰宅する。なんとも軽やかで負担の少ないおでかけ。その日は朝からガッツリ掃除をして、様々な手続き系を神経すり減らしてから、少し重めの昼食を食べて作業。一段落したところで準備をしてからコンサートへ向かうという段取り。帰宅してから軽食を食べて寝るだけ。本当に素敵な時間の過ごし方ができた。
サックスという楽器を良く知らない私には、良い意味で無責任に楽しんで聴けるところが嬉しい。どんなに難しいテクニックかも知らないし、管楽器の表現方法は弦楽器とちょっと違う感じでサックスの音をなぞるのも物珍しい。
夫が「老後の楽しみにサックスを習ってみたいなぁ」と言っていたので「あら、吉田さんに習えばいいわね」と言っていたことをいつも思い出す。
夫が住んでいたドイツのマンションは1階に歯科医が住んでいて、夜になると照明を暗くしてサックスの練習をしている姿が見えた。ちょっと気晴らしに吹いているといった風情で机に寄りかかって低い音でバラードを吹いていた。二人で「かっこいいねぇ・・・」とそっと覗いた小さな思い出。
今回は荒井由実のセカンドアルバムをサックスで表現していくという企画。
歌詞がなくメロディーだけだけれど、不思議としっかり歌詞が聞こえてくる。それは吉田さんの楽器に吹き込む息がちゃんと歌詞をなぞっているからなのかなとも思う。ため息のようにうたう、熱量高めにうたう、色とりどりの音がそれぞれの曲に表れてくる。
吉田さんとは聖路加国際病院でのボランティア演奏で知り合った。控え目で優しい音を出す人で、私は特にこの「word,without word」のシリーズがとても好き。多彩な人なので他の演奏も魅力的なのだが、このシリーズは聞き逃さないようにしたいと次回も期待している。
【日本対がん協会】
私は母を肺がんで亡くしました。私の支えになってくれていた大親友のママ友も、がんで亡くなりました。いずれも告知されてから半年以内という短い闘病生活でした。今の時代、2人に1人はがんになると言われています。あなたの隣に座っている人は、がん患者さんかもしれません。
日本対がん協会は、①がんの予防・検診の推進②患者さまやご家族の支援③正しい知識の啓発運動を活動の軸として1958年に創設されました。
私が協会の事を知ったのは、母ががんの告知を受けた時でした。なんとなく新聞広告(朝日新聞)を見ていたら、がんに関する講演会があることを知って聞きに行ったことが初めてでした。何も知識がないことが不安だったからです。何をどうしたら良いのか?心理的な安心感が欲しかったのだと思います。正直に言えば、その時の講演会の内容はあまり覚えていませんが、学術的な内容とケアの話などを、静かに、感情を高ぶらせることなく、良い意味で淡々と講義を受けた印象でした。心の底が動揺している自分を落ち着かせてもらったような気持ちになりました。そこでいただいたパンフレットの協会の活動内容にも共感して注視するようになりました。その後、母を亡くした後は少額ですがリサイタルから寄付するような形にしています。がんに対する心構えや支援のしかた、当事者や家族がどんな思いで過ごすのか・・・少しでも寄付という形で支援を続けて、活動を自分事として応援したいと思いました。父が定年までの10年間くらいを、医療関係の団体に所属していたこともあり、そういった内容に関して抵抗なく情報を取り入れることができたのかもしれません。がん告知の後にセカンドオピニオンを取り入れたこと、母の最期をホスピスで過ごせるように父と話し合ったこと、最後まであきらめずに免疫療法をしたりと物理的な支援に力を注ぎました。でも、母は本当は心理的に寄り添ってもらいたかったのだと思います。自分の母親の写真に向かって「お母さん、苦しい、助けて」とつぶやいている姿が私にはとてもショックでした。死について怖かったことも一因でした。今は違います。その時どうすればよかったのかもう少し考えることができます。人はいつか死に直面するけれど、その経緯は人それぞれだということをその後の人生28年かけて痛感しているので、様々な思いを込めて寄付という行為が自分の支えになっているように思えます。
さて、その日本対がん協会の主宰する『ジャパン・キャンサー・サバイバーズ デイ2026』に参加してきました。(6月7日)。恥ずかしながら寄付はしていても、こういったイベントに参加するのは初めてでドキドキしてしまいました。当日はがん患者さんやご家族、医療関係者が多数参加されるということで、部外者では?と思いつつ一人もひとりでいってきました
講演2つとトークセッション。合間にストレッチの時間。それ以外にはたくさんのブースを見学することができました。がんを抱えながら生活する人を支援する団体・緩和ケア・お化粧・ウィッグなどの紹介から、がん研究についてなどの他、相談の声などの展示もありました。
今回注目したのは、がんの告知をされた方、治療経験者のトークセッションで、どんな情報よりも貴重な言葉たちでした。特に今回は「おひとりさま」のがん告知・治療・退院後の生活などで困ったことなどのお話を伺うことができました。他人ごとではない内容で、改めて自分のことを見直すきっかけにもなりました。何を自分で行い、何を支援してもらうのか。慌てないため、そして自分自身をしっかり自分で守れるようにしていくにはどうしたらよいのか。お話を伺いながら、頭の中で自分をあてはめながら・・と思考がフル稼働の時間でした。「おひとりさま」は孤独ではない。自分から遠ざかってはいけないということ。「おひとりさま」だからといって遠慮することはないということ。
でもね。助けを求める人も選択しないと、無意識に傷つけてくる人もいるので、その見極めも難しいことだよなぁ、とも思いました。先の先を読みすぎて疲弊する自分に嫌気がさしますが、世の中ってそういうことでもあると思っています。
トークセッションに出演していらした方たちは、今なお治療中とのことでした。ユーモアも交えながらお話しする姿の内側に、きっと見えない傷をたくさん抱えていらっしゃるのだろうなぁ、とも思いました。
ソーシャルワーカーの方のお話も印象的で、「当たり前に家族がいることを想定してはいけない。すでに日本社会には単身生活者が全世帯数の30%以上を占めている。様々な事情で単身生活を送っている現状を制度が阻害している」といった投げかけから、私たちができることは違和感を伝えつづけることなのかも、とも思いました。制度を変えることって大変ですが、小さな声を集めて大きくしていくことが大切なことだと思います。
当日のブースの中に、POLAが提供しているハンドマッサージを体験しました。久しぶりに他人から施術されることの心地よさに浸り、良い時間を過ごすとができました。