塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2025/04/16
106「OrdnungとはOrganaizeといっしょ」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

先日、ふと長女のnoteをのぞきに行ったら
面白い記事があがっていました。
不定期ですが、ドイツの生活のことや
自分の思考についてなどを綴っています。
とても興味深く一読者として読んでいます。

今回の記事は「掃除について」でしたが
内容はライフオーガナイズのことなので
もしよければ読んでみてください。

私がライフオーガナイザーであることを
ちゃんと認めてくれている娘たちには
いつも感謝しています。


音大生の思考のーと

2025/04/15
105「3人のヴァイオリニスト」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


我が家には3人ヴァイオリニストがいます。


ヴァイオリニストを量産する予定はなかったのですが、

今の段階では4人家族中3人がヴァイオリンを弾いています。

他の人からは

「お母さんの姿を見ているからなのね」

「すごいね、娘二人ともヴァイオリンを弾いているなんて」

「すごくヴァイオリンが好きなのね」

興味・奇異・感嘆・・・様々な視線で見られます。


私は娘たちにヴァイオリニストになってもらいたいわけでもなく、

ヴァイオリンが好きかどうかもわからず、

ましてや自分の姿を見ているからヴァイオリンを続けているとは思っていません。

ただ、


音楽が共にある人生は豊かで彩りがあり、

自分の拠りどころになる存在になるはずだよ


ということは心から伝えたかったです。


と言いつつも、

娘たちが幼い頃は、かなり苦痛な思いをしたことも確かです。



そんなお話を、少しずつすることができたらと思います。

親として
音楽家として
指導者として
様々な目線から娘たちを見てきたことを
お伝えしたいです。


2025/04/14
104「教会でコンサート」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

札幌北一条教会にて
昼休みコンサートに出演しました。

北一条教会では毎月1回
入場無料の「昼休みコンサート」を開催しています。
お昼の12:20~12:50
「気軽にオルガン音楽に親しんでもらいたい」と
1993年から春と秋に4回ずつ行っているとのこと。

今年の開幕コンサートの奏者として呼んでいただきました。
ちょうど今の時期は、キリスト受難節といって
イエス・キリストの最後の苦難と死の日々を思って過ごす時期です。
どのような曲を選ぼうか、楽しみでもあり悩みもしました。

まずは「ファンタジー第5番」(テレマン)の朗らかな
春を告げるファンファーレのような音列でご挨拶。
ヴァイオリンの音色にハッと驚いてもらう。
一転して「パッサカリア」(ビーバー)をじっくりと聞いていただく。
日々の生活の中で感じる守護天使の見守りに力を得て
同じ歩幅で歩いていけば良い、と音楽に教えてもらおう。
そして、拍子感覚や調整感覚を逸脱する
「無伴奏ヴァイオリンソナタ第5番(オーロラ)」(イザイ)の音楽で
様々なヴァイオリン奏法、音、その先に聞こえてくる
夜明けの風景を感じるように。
最後はオルガンと共に奏でる
「マタイ受難曲より【憐れみたまえ、わが主よ】」(バッハ)
まさにこの時期に、自分の行いを後悔して泣き崩れるペテロの姿を
自身に重ねて深く祈る。

30分のコンサートの中に、ストーリーがあり
エンターテイメントがあるように
思いを込めて演奏しました。

当日は150名の方が聞きにいらしてくださり
会堂いっぱいの思いが
静かでありながらも力強いエネルギーとなって
空気を震わせていました。

オルガニストの友人は
ドイツの教会で主任オルガニストとして活躍していました。
そのため、少しの違和感があるとすぐに調整して
演奏することができます。

オルガンは
音色の選択が重要で
音色ひとつで
その曲の解釈が全く違ってしまう楽器です。
ヴァイオリンとのバランスを考えながら
オルガンの役割を果たすのはなかなか難しいものがあります。

オルガンの音作りを聞きながら、
リハーサルの時からとても貴重な時間でした。

なかなか経験することのできないオルガンとの共演。
それも、パイプオルガンとの共演は
本当に至福の時でした。

丁寧に音作りをしていくことは
これからの自分の演奏にも反映したいところです。


2025/04/13
103「家族で海外へ③」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。




旅の続き。

娘たちはこの旅で、自ら積極的に異国の空気を楽しむことを覚えました。

私たちも手取り足取り教えるのではなく、

お店などでケーキやおかずを自分で選ぶように声をかけたり、

スーパーでも自分がおいしそうだと思うものを試してみるように言いました。

特に長女には中学校で習った英語でも通じるかどうかトライしてみるように背中を押しました。

わからないなりにも得るところはあったようで、コミュニケーションの大切さを感じる一歩になったと思います。

お気に入りの漫画の主人公が食べていた【カヌレ】が食べたくて、

ショーウィンドウをのぞいていたところを、お店のおじさんにフランス語で延々と話を聞かされている長女。

その横で目を丸くしている次女。

本場の【カヌレ】の味は忘れられない味となったようです。


家族それぞれが、それぞれの楽しさを享受した思い出。

一日中歩きまわって疲れてアパルトマンに戻ってくれば、サラダとワインを飲んでベッドに倒れ込む。

健康的でした。


ただし、娘たちに一番厳しく伝えたことがあります。

危険を察知する能力を養うことでした。

海外は日本ほど安全ではありません。

旅行者となると、危ない場所に気がつかずにトラブルに巻き込まれることもあります。

  • 目立つ格好をしない
  • 地下鉄に乗るときの気の配り方
  • 歩く時の視線の動かし方


夫と私のすべての行動を娘たちはちゃんと見ていたような気がします。

一度RER(近郊線)の列車に乗って移動したことがありましたが、

とにかく駅のホームが暗くて不安になりました。

どうしてもその列車に乗らないと帰れないものだったので仕方がありませんでした。

その時にも

「こういう列車は気をつけた方がいいからね」

と一言いうだけで娘たちにはそれが何を意味するのか分かったはずです。


10年後の今、娘たちには危機察知能力がきちんと備わっていると思います。

娘たちは

「あのときは、何となくしかわからなかったけれど、あの経験がすべての源になっているような気がする」

と言っています。




2025/04/12
102「家族で海外へ②」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


https://ototabi-kaori.com/contents_181.html


旅の続き。

ドイツでの目的はドイツ人の教授からヴァイオリンのレッスンを受けることが目的。

二人とも言葉が全部わからないまでも、とにかく必死に真似をする様子を見て、連れてくることができてよかったな、と思いました。

長女はこのとき、外国語でのコミュニケーションの楽しさを知り、
話せないジレンマにヤキモキして
「次に来るときは絶対に自分で話す!」という目標ができたそうです。
次女はその当時はまだ競泳選手の生活のだったので、
ヴァイオリンに関してはヨロヨロの状態。
でも、元々の感性の鋭さゆえに、吸収能力と集中力は抜群でした。
私の教授も目を細めながら
「親子そろってレッスンするの楽しい!」
「お父さんは大変だね!」
と夫の肩をたたいて労ってもらい
夫は嬉しそうにニコニコと笑っている…
お互い良い思い出となりました。

またこの街にみんなで来たいね、という期待を残して次の地フランス・パリへ移動。

パリのホテルは本当に高いので、

夫が苦労してウィークリーマンションのようなアパルトマンを予約してくれました。

オフィスで鍵を受け取って地図を頼りに行ってみるも、なぜか語学学校にたどり着いてしまい途方に暮れました。

親切な語学学校の受付の人がネットで検索してくれてプリントアウトしてくれて助かりました。

さすが語学学校。

よくよく見れば3ブロックくらい歩かなければならないらしい。

シャンゼリゼ大通りをスーツケースを引っ張りながら

「ねぇ、この道って凱旋門にむかって上り坂なんだね~知らなかったわ」

と夫と息を切らしながらゼイゼイ言って笑いました。

この時、日本出国時から壊れかけていたスーツケースのタイヤは、すっかりダメになってしまいました。

夫はほぼスーツケースを抱えて汗だく。

春によくある夏のようなお天気の日でした。

宿泊場所は本当にパリのアパルトマン。

道路に面した外玄関の大きな扉を「よいしょ」と開けると中庭へ。

先に見えているガラス張りの入り口のドアを開けると小さなエレベーター。

映画でよく見る「鳥かご」のようなエレベーター。

人が一人とスーツケースでいっぱいになってしまうので、あとの人は階段。

らせん状のステップが小さい階段なので、気をつけないと滑って転がり落ちてしまいそう。


アパルトマンの部屋は清潔で家族4人には大きすぎるくらい。

生活用品がちゃんとそろっているので、食べ物を買いに行けば快適に暮らせます。

窓を開けると中庭が見渡せて、ご近所さんの普通の生活を覗き見ることができました。

夕方になるとロウソクの灯る家。

朝になれば早くから電気をつけて身支度している様子。

娘たちはロフト付きの寝室に大喜び。

朝から近所のパン屋さんに行って、焼き立てのクロワッサンやパン・オ・ショコラを買ってきて食べる毎日。


お昼に少し奮発して食事をすれば、夜はカルフールスーパーやモノプリで野菜とハムとチーズを食べれば十分。

本当にパリに暮らしているような毎日でした。

移動は地下鉄と徒歩。

スリやひったくりに注意するべく、地下鉄に乗ることは極力避けました。

ただひたすら地図を握りしめて歩く。

2015年のあの頃、パリはテロに揺れた日々でした。

どの観光施設も入場するときのセキュリティチェックが厳しくて長蛇の列。

エッフェル塔もルーブル美術館も、どこもかしこも2時間から3時間並びました。

それでも、私たち家族はあきらめることなく、たくさんの観光地を巡りました。


とにかく一度は見ておけばいい。

次に来るときの、何かの足掛かりになればいいから、という理由でした。


極めつけはキリスト教最大の行事「受難の金曜日」。

私が好きなサクレクール寺院に行った日は受難の金曜日でした。

地下鉄の駅を降りると、とにかく人が多くて何事かと思えば、十字架の道行きを祈りながら教会へ向かっている各国の巡礼者。

そんな光景も娘たちの記憶に残っているようです。


駆け足だったけれど、全ての記憶がちゃんと刻まれた旅。

その後、何度も家族の中で話題に上りますが、どれも良い思い出であり、共有する気持ちに絆を感じています。


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