この3年間は娘たちも私も無我夢中で過ごしてきたような気がします。とにかく流されないで歯を食いしばりながら、無理に笑顔を作って必死に生きてきました。何があっても平気な顔をして、心で号泣しながら泥道をかき分けていくような。娘たちには涙を流すことを忘れさせてしまったような気もします。その先になにがあるのか全くわからず、生きていることだけを考え続けた日々。果たしてそれが良かったのかどうか、わかりません。その先に現れた今が本当に良いのかどうかもわかりません。
ただ、この旅の意味は、とにかくここまで辿り着いた次女の頑張りを大いに認めることでした。次女自身はもちろんのこと、それを見守った長女も私も、自分の事のように褒めたたえることが必要でした。
そして、画面越しで話を聞いていても、その場にいなければわからなかった見えない部分の感情や、伝わらなかった、伝えることのできなかった細かいディテール部分の話を、いまだから話せることとして、改めて時系列で聞き取りをすることが、今の私の役目かもしれません。
娘たちの生活する町を歩きながら、ひとつひとつ壁にぶつかりながら歩き続けた3年間の積み重ねを改めて思い返しました。自分の留学時代とは全く違う、今の時代の生き方や生活様式。この先の将来への道の進め方にも、それぞれの深い視点のビジョンがあることを心に刻みました。
179「教会の存在・視察旅行③」
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。今回訪れた街は、私のテリトリーではなく娘たちの