すっかりひきこもりの生活になっています。
全力疾走だった日々に、少し亀裂の入ってきたなぁと感じることがありました。いまから1年前くらいのことだったと思います。
3年前の出来事は大きくて衝撃的だったのですが、悲しみに浸るためブレーキをかけて止めてしまうわけにもいかず、無我夢中で生活を回していたという感覚がありました。とにかく自分が生きるため、家族が前に進むために必死でした。
自分が壊れないようにするにはどうしたらよいのか。
あふれ出る悲しみを自分でなだめるにはどうしたら良いのか。
今はまだ大丈夫だ。
以前と変わらず動いているほうが自分にとっては都合が良い。
【変わらないこと】の大切さを知ったものその時でした。とにかく動き続け、試行錯誤で自分のポジションを探しながら、目の前にやってくるボールを必死で打ち返す日々でした。それがふと、小さなきっかけで辞めようと思う決心がついたとき、ものすごくホッとしました。先の予定は全くないけれど、今ここで止まってみようと。辞めよう、辞めてもいいんだよ、と決心した時に、本当にコトン、と音をたてて小さな木の扉が閉まったような気がしました。静寂。落ち着き。安心。
今の毎日は、以前よりも刺激が少なくなったかもしれませんが、落ち着いて自分で自分をコントロールして生活しているような気がします。今までだったら何も考えずに行動していたことを、少し時間をかけて俯瞰して見ることや、なぜその出来事に囚われるのかをじっくりと考えてみたり、ひたすら深い思考へ沈んでいく感覚を体験してみたり、少しだけこれからのことに目を向けることも多くなったかもしれません。
人生にはいろいろなステージがあります。
そのステージに合った自分を構築することは、自分のことをより深く理解して、自分をなだめていく作業にも通じていくのだと思っています。当たり前だけれど、他人にすべてをわかってもらえることはないのだから、自分自身が自分の一番の理解者でありたいと思っています。
今日は金曜日。週末モードへとシフトして、緩やかな時間を自分のために創り出していきたいものです。
私にはリサーチ力が足りない。
私の育った家族では、決めるのはいつも父が中心で、計画通りに上手くいってもいかなくても誰も文句も言わなかった。家族旅行の最盛期は父の海外駐在中だったので、姉が堪能な語学力を活かして計画の後押しをしてくれた。私は一番年下だったので、決定権も発言権も重視されていなかったのかもしれない。そのため、そういった計画をすることを経験せずに大きくなってしまった。大学時代も幹事のようなことができないし、苦手だった。友達におんぶにだっこ。留学中の旅行の計画や、自分の町を友人に案内するといったことも得意な方ではなく、ただひたすら散歩に付き合わせていたような気がする。知らない土地に行っても、知らないことが多いまま過ごしてしまった。
あの頃の私には『○○へいったら、○○をみて、○○を食べてたのしもう!』といった計画が全くできなかった。
「どこに行きたい?」「何が食べたい?」と言われても、リサーチするという考えがなかった。
「知らない土地だからどこを見ても楽しいはずだし、好き嫌いはないのでおススメを食べるだけで充分」といったはた迷惑な思考しかなかった。これでは記憶が定着しない。どの記憶もぼんやりしてしまうのだ。
今の家族でドイツとフランスへ出かけたことがある。短い期間だったが、その旅行は今でも記憶にはっきりと残っている。なぜなら、私がガイドブックを読み込んで、娘たちに見せたい場所や美術館、教会へのルートを細かに調べたからだ。まだ私自身がインターネットを使いこなせずに、本を買って調べた。娘たちに本物をみせたい!という意気込みからだったのだと思う。娘たちにヨーロッパへ行ったときは、その町の中で一番高い所へ行って周りを見ることを教えたのもその時だ。パリで初めて行った場所は凱旋門。あの屋上に登ればパリ市内のほとんどを見ることができる。凱旋門から放射状に延びる道。遠くに見えるセーヌ川、エッフェル塔、バスティーユ、モンマルトル。その光景を頭に入れて歩けば、街のどこあたりに自分がいるのかをなんとなく把握することができる。そして、歴史やそれぞれの関係する出来事をより深く理解することができる。
パリでの移動は歩きが基本だった。小さな小道や公園の花々を眺めて通り過ぎながら、歩いている人たちの服装をチラッとみたり、アパルトマンの窓やドアの装飾に心を躍らせたりして、多少雨が降っていても歩き続けた。疲れて不機嫌になっても、どんなに観光名所で長い列に並んでいても、ハッと感動した瞬間がすべての苦労を拭い去ってくれる感覚。その時の記憶は小さくても詳細まで鮮明だ。
その時から、私は準備することの大切さをしっかりと理解することができた。大変に遅まきながら・・・
計画しすぎて窮屈なこともあるが、安心安全のためには大まかな区切りは必要だと思っている。一人旅でも、ザックリとした計画を立てながら、その時の体調や気分で少しずつ変更していくこともできるようになってきた。そのためには、リサーチ力。調べることでトラブル予防にも、安心にも、自分の体調にも役に立つ。
そう、変更可能な旅は贅沢だ。
熊本地震から10年が経ったというニュースを見た。
私の住んでいる地方から遠かったが、やはり東日本大震災の記憶が新しいからこそ忘れられない出来事だった。思い出したことがある。あの熊本地震の少し後に夫は熊本へ日帰りで行ってきた。航空会社のキャンペーンで、4都市の中から日帰りができるフライトチケットにエントリーしたのだ。どこへ行くか直前までわからない。海外出張の多かった夫が、貯まったマイルを消化するために選んだキャンペーンの一つだった。期限の迫ったマイルを流してしまうのに惜しいくらいの量だったのだろう。詳細は覚えていない。「一緒に行こうよ」と言われたけれど、二人分のマイルには手が届かず、娘二人のことを考えると丸一日の行程は負担が大きかった。いつの間にか決まった場所は熊本。「震災のあとだけど大丈夫なのかな?」と心配しながらも、「始めていくからちょっと楽しみ」と言って出かけて行った。夜遅く帰宅すると「熊本城の石垣が崩れ落ちてそのままだった。修理したくても危なくて近づけないらしい。地震の爪痕が生々しかったよ。」とおみやげを開けながら話してくれた。お天気が悪くて雨が降っていたので、寂しげな印象だったとも。「こんなことがなければ、熊本なんて行くことはなかったなぁ。このキャンペーンも座席に余裕があるところが選ばれるんだろうけれど、おみやげを買うことで経済活動が少しでも回ればいいと思ってね」という話に耳を傾けながら「そうか。大きな災害があると経済活動が止まってしまうのか」ということにも気づかせてくれた。今なお、震災で家族を失った人たちがたくさんいることに想いを寄せたい。その気持ちはわからないわけではないから。
そういえば思い出したことがある。それまで一度だけ、豊富なマイルを使って夫婦二人で大阪へ日帰り旅行をしたことがある。ふぐ料理とひれ酒を飲むためという、なんとも風変わりな楽しい企画だった。私が「ひれ酒を飲んでみたい」というひとことから始まった計画だった。午前中のフライトで伊丹空港へ。食事と船場のドレス屋さんをぐるりと見てまた羽田へのフライトで戻ってくる企画だった。大阪に単身赴任の経験がある夫だったので、街の地図は頭の中に入っているので安心して任せた。慌ただしくて目まぐるしかったけれど、今となっては良い思い出だ。幼い娘たちを義両親に預けてのことだったので呆れられたけれど…日帰りだったのでお咎めはなかった。今だったらもっとリサーチして、3倍くらい楽しくできたかもしれないのになぁ・・・と思ってしまう。
一緒に思い出を語れる人がいないのは辛い。
今年の2月1日に積読解消を目指して挙げた16冊を、3月末で読了しました。
初めにリストされていたのは14冊なのに、4冊買い増しして自分のハードルを上げてしまいましたが・・・楽しく読み進むことができました。本に埋もれた私の冬眠生活。今年はたくさんの質の良い本のおかげで充実していました。
そして新たに4月1日。12冊がエントリーされています。そのうち3冊読了して、今は2冊を同時並行で読んでいます。
三宅香帆さんに大いに影響されて新書の棚を覗くことが多くなったのですが、本当に面白いラインナップが揃っています。じっくりと背表紙を眺めながら、パラパラとめくるページから躍り出てくる文字の大きさも見やすくて楽しい・・・でも、私にとって難しすぎたり、思っていたものと違ったり・・・といった私の当たりはずれもあるので、これからはもっと吟味して購入しないと、と思っています。
そういえば、父の本棚には新書がたくさん並べられていました。やはり、自分の専門に関することだったり、興味のある分野の書籍が多かったような気がします。家の書棚を改造した時に、新書と文庫がたくさん入るように設計して、父はとても嬉しそうでした。晩年も、孫娘から推薦された文庫を一生懸命読んでいた姿を思い出します。長女は「じさま、すごいのよ。もうあの本読んじゃってて、面白かったよ~って言ってくれたの!」と若者との会話にも貪欲でした。
母も読書家でしたが、どちらかというと単行本派。「老眼で文庫が読みにくいのよね」という理由だったような気がします。単行本は装丁が美しいものが多く、それを楽しみにしていた部分もあるかもしれません。
視覚障碍者の姉は、音声図書や対面朗読などで読書を楽しんでいる様子です。大抵、話題になっている本はすでに知っていてチェック済みです。ただ、朗読者の声が途中で変更になっていたりすると、情景を想像することが難しく感じたり、登場人物の脳内設定を変更する作業に苛立ちを覚えたりするそうです。なるほど…と思いました。目が見えない世界には、そういった難しさもあるのか、と。
本好きとの話は自分の世界が果てしなく広がっていくような感覚があって、とても楽しく刺激的です。
本が読めるって素晴らしいこと。
雨の金曜日。
思い立って上野の東京都美術館へ行ってきました。
会期最終日を週末に控えているので混んでいるかと思いきや、思ったよりもゆったりと見ることができました。平日の雨天。わざわざ出かけようと思う人は、その日しか予定の空いていない人か友人との約束でやむなくなのか・・・少し年上の女性グループが多かったように思えました。

【スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき】(会期終了しています)
スウェーデン絵画の始まりから、フランス絵画の影響を経て、スウェーデン独自の絵画の道を獲得する流れを一気にみることができました。『影響を受ける』ってすごいことなんだなぁと思いました。自分の殻にこもってああでもない、こうでもない、とこねくり回すよりも、ポンと他の存在を真正面から受けとめ、影響を受けることの大切さ。そこから改めて自分の軸になるものを見つけ出す、もしくは掘り出すことの方が、自分で根を張るよりもはるかにしっかりとした土台ができるものなんだなぁ、と思いました。
それは自分のビジネスにも通じるのでは?と思うことも・・・
どうしても、一人で考えて潜り込んで、人前に出さないうちに旬を逃してしまう私の方法は、人の影響を受けたくない、受けるべきではない、とどこかでブレーキをかけているような気がします。それは反対に、私が他の影響を受けすぎてしまうという反面もあるからかもしれない、という相反するものに翻弄される自分が見えることでもあるのです。
一人でゆっくりと見て回ることを久しぶりにできたような気がします。
そして改めて、自分のペースがどういう感じなのかも見直す時間でした。今までこういった展覧会は誰かと一緒に見に行きたいと思っていました。なんだか一人で見るのは寂しい。意見を交換しながら観た方が楽しい、と思っていたのですが、案外静かに自分自身と問答しながら鑑賞するのも悪くないものです。
今回の展覧会で、家族との時間を楽しみ、その様子を描いた作品を多く残したカール・ラーションの作品もいくつかあって、とても懐かしい気持ちになりました。2018年に損保ジャパン美術館で鑑賞した温かい作品たちを思い出して胸がいっぱいになりました。あのとき、私は珍しく図録を買いました。ラーションの温かい家族像に憧れ、その気持ちを家族と共有したかったのです。自分の大切なこの家族をずっと守り続けていきたい、という思いが私の根底にはいつもあったのだと思います。
今まで積み上げてきた経験が、つながりを持つ瞬間。
数知れず通った美術展の経験が、こうして私の世界を彩ってくれるということに驚くばかりです。