塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2025/01/14
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

昨日の夜、日向灘(宮崎県沖)で震度5弱の地震が発生しました。
夜9時過ぎということで、のんびりしている時間
もしくは成人の日のお祝いをしていた方が多いのではないかと思いました。
被害が気になりますが、ずっとニュースを追っていると
私自身の心が疲弊するので距離を取っています。

災害はいつやってくるかわからない。
備えをしましょう…
よく言われることです。

しかし、果たしてどこまで考えれば良いのか途方に暮れます。
私の場合、いつも考えることは
「ヴァイオリンどうする?」

飛行機で何かあったらヴァイオリンはそのまま機内においていく(持っていけないよね)
電車内だったらそのまま背負って退避(なんとしても一緒にいく)
自宅で地震にあったら身を守ったあとで確認(家が崩れてしまったらどうしよう)
楽器を持たずに外出して何かあったら(家がそのままのことを祈るしかないけれど、救出できるか心配)
それ以外は全く考えていないです…

様々な災害を少しだけ想定しながら
「どうする?」というシミュレーションを
頭の中で考えるだけでも良いと思います。

私自身は
大まかな事柄から
少し細かいシチュエーションを考えなくて、と思っています。

先日、横浜防災センターを見学した際に
「自宅の中で安全な場所を見つけておいてください。
どこの柱の陰が良いか、どこの机の下なら安全か、何も倒れてこない場所はどこか。
寝ているときは無防備なので、対策を考えてください」

帰宅してから自宅を見回して、
「案外安全なところって少ないかも💦」と思い直しながら
自分の身を守ることを考えつつ
ヴァイオリンとのことも真剣に考えなければ、と思いました。

新年で浮かれた気分が
キュッと張り詰めた1日。

皆さんは日ごろから災害時に
どんな行動をとればいいか?ということを
考えていますか?



2025/01/13
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日は「成人の日」ですね。
昭和の私は未だにこの祝日がわからなくなって
「1月15日の方がよかったなぁ・・・」って思います。

今年は次女が20歳になったので
盛大にお祝いをしたいところですが
スイス在住のため本人不在での祝宴です。
(音楽史の試験日らしく、昨日は最後の追い込みで
必死の形相をしていました…がんばれ)

次女のことを少しお話ししましょう。
生まれた時から4歳年上の(シスコン)姉に可愛がられ
生後1週間の時に姉の風邪をもらって新生児なのにハナタレ娘…
(新生児は風邪をひかないという説は私の中で消え去った)
姉の行事には常に参加。姉の病院通いにももれなく付き添い。
姉のヴァイオリンレッスンに通うついでに自らヴァイオリンを弾く。(弾かされる?)
幼稚園年中で「私はスイミングスクールに通いたい!」と意思表示して
その後は競泳選手として週6のスクール通い(家から車で40分・小3から電車通い)
ほぼ毎週末の試合と遠征、合宿を経験してメキメキと頭角を現す。
小学4年からJOC大会に連続出場。
小6の夏で「ヴァイオリンに集中する」と宣言して競泳選手引退。
中学の生徒会長をしながらヴァイオリンの遅れを必死に取り戻し
音楽高校受験・合格。
コロナ禍にもめげず、新しい可能性を探り渡欧を繰り返し
海外での音楽修行を選んで高校卒業と同時にスイスに移住。
海外生活の辛酸をなめつつ、
通学時間急行列車1時間の距離をこなしつつ
ただいま大学2回生の秋学期試験期間中。

彼女の強みは競泳選手時代に培った体力。
そして、練習メニューを自分で作って実行したという経験。
周りや自分を冷静に見る姿勢は
競泳のレース配分を戦略的に捉える力と同じなのかも、と思います。
(彼女は200m個人メドレーが得意でした)

20歳になって
自身の責任が重くなります。
親の意見は、今までと違って少し遠いものになるでしょう。

でも、私は信じていたいです。
彼女の今までの経験と知恵、これからの学びによって
どのようにも可能性が開けていくということを。


成人の日に
たくさんの若者がどんな気持ちでこれからを過ごしていくのか。
その思いは、この日本という国を支えていく力になるのだと
期待したいと思っています。

おめでとう!






2025/01/12
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日はブログアップが遅くなってしまいました…
今年の初めから地道に書き続けていて
連続記録の更新を止めてしまうのが惜しいので
今日は徒然に書き綴っていきます。

このブログは音楽のことに特化して書こうと決めて
色々なことを思い出したり
記録を調べたり
言葉を選んだりして
楽しみながら書こうと思っています。

私はヴァイオリンとともに50年以上💦
一緒に過ごしています。
そう考えると長い…

その中でも
今までちゃんと弾き続けてこられたこと
応援してくれた人たちに
心からの感謝の気持ちを届けたいです。

ピアノを弾きたいよ~といった私の言葉に耳を傾けてくれた両親。
ピアノではなくヴァイオリンを勧めてくれた先生。
練習曲をイヤイヤながらピアノで弾き続けてくれた姉。
私のつたないヴァイオリン演奏をじっと聞いてくれた悪友たち。
音楽高校・大学で苦楽を共にした友人。
留学時代に長電話に付き添ってくれた友。
オーケストラで一緒にオペラを奏でた仲間たち。
仕事でごいっしょした音楽家たち。
いつも身近で助けてくれた家族。
私とヴァイオリンのことを一番大切に思っていた夫。

私が弾き続けていけるのはあとどれくらいだろうか。
80歳を過ぎても指導している私の師匠は
レッスンで生徒に弾いて見せることは激減しました。
楽器を持って移動するのも、少々難儀のように見えます。

私が80歳になったら、どうしているんだろうか?

その姿を思い浮かべられるようになったら
もっと面白い記事が書けそうです。

「想像できないことは実現しない」

連休の中日、自分の老いた姿を想像するのは
成人の日のせいもあるのでしょうか?


2025/01/11
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

悩ましい練習時間問題。
「いつも何時間練習しているんですか?」
「どのくらい練習すれば良いのですか?」

この答えに私は即答できませんし
軽々しく答えるものでもないと思っています。
初心者さんとプロは一緒ではないし
音大を目指している方と
趣味でヴァイオリンを弾きたい人と
練習時間は全く違います。

その人に合った練習方法と
目的に合った練習時間。

ヴァイオリンの先生は
その生徒さんをよく見る必要があります。

初心者の子どもだったら
①ヴァイオリンの他にどんな習い事をしているのか
②ヴァイオリンを自分で選んだのか?それとも親がやらせているのか?
③ヴァイオリンへの熱意はどのくらい?
④練習には親が付き添えるの?
⑤どんな曲を弾きたいのか?
⑥学校から帰って来てからどのように過ごしている?

そんなことを始めにヒアリングします。
せっかく始めるヴァイオリンのレッスン。
方向違いのことをしてすぐに辞めてしまわないように。

お話を聞きながら、家で練習できる状態を提案し
それに対しての私からの協力をお伝えします。
動画を撮って模範演奏を贈ったり
メッセージのやり取りを提案したり。

はっきり言えば
レッスンだけでは上手にならないです。
お家での練習はとても重要なのです。

私も母と二人で四苦八苦しました。
母のメモを頼りに、あーでもない、こーでもない。
とにかくレッスンで言われたことは、
次のレッスンではクリアしなければならない。
できなくて何度泣いたことか。
家でも泣いて、レッスンでも泣いて。
小さな楽器はいつでも涙と鼻水だらけでした…
初めのうちは、本当に辛かったです。
先生から言われたことを
ちゃんと覚えておくことが
私には必須だということを叩き込まれた時期でもあります。
おかげで私は、レッスンで言われたことは
楽譜にちょっとメモを残しておけば
録音や録画をする必要もないし
ちゃんと思い出すことができました。
(多少、偏った記憶だったりすることもあり
自分本位な解釈だったりすることもありましたが…
当時はレッスン録音するなんて贅沢はできなかったですからね)

レッスンを受けているのは、誰?
どんなに小さな子どもでも
先生の前で弾いているのは、本人です。

気がついて!








2025/01/10
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日は少し番外編のようなお話を。

みなさんは習い事を始めるきっかけというのは何でしたか?
「テレビ番組を見て」
「近所のお姉さん(お兄さん)の影響」
「親の勧め」
「気がつかないうちに」等々

私自身は、姉の弾いていたピアノが楽しそうだったので
自分も弾きたいといったけれど、
何だか知らないうちにヴァイオリンを持たされていた…

言い出したのは4歳頃でしたから
それまで習い事の経験はありません。
ただひたすら外で遊んでいました。

外遊びに疲れて帰ってくると
姉がピアノを練習していて
こっそりピアノの下に潜り込んで
寝そべって聞いていました。
ピアノの音が降ってきて
自分を包む感覚が心地よく
低音部を奏でると
心臓部分が揺れる感じが
ワクワクしました。


上手だとか下手だとか
何にもわからなかったけれど
毎日同じ曲を聞くのは嫌じゃなかったです。

「お姉ちゃんの邪魔をしないでこっちにいらっしゃい」と
母に言われても、寝たふりをして動きませんでした。
(姉はイヤだったかもしれないけれど💦)

父が頑張って手に入れたマイホーム。
エレクトーンからアップライトピアノに代わり
そのうちピアノの先生からの斡旋で手に入れた
ヤマハのグランドピアノ。
どういった経緯でそのピアノが我が家に来たのか
わからなかったけれど
その時の父の得意そうな顔は覚えています。

高度経済成長期。
朝から晩まで働いていた父の顔を見れるのは
週末だけだったあの頃。
私たち姉妹と父をつなぐ絆が習い事だったのは確かなことです。

懐かしい思い出です。
今は両親ともに亡くなり
姉は視覚障碍者となってピアノが弾けなくなりました。

でも、あの頃の光景は
鮮やかに私の心に残っていて
キラキラと輝く大切な宝物です。




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