塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2026/03/21
80「豊かな音楽生活をめざそう」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

音楽家は身体が資本。
まさに、その通りです。
自分の替えはいないので、よっぽどのことがない限りはコンサートをキャンセルすることはできません。
華やかに見える舞台上で、高熱をだしながらも演奏している人がいる場合もあります。
長いコンサートツアーをしているミュージシャンの予定を見ると、すごいなぁ、大変だなぁと思います。

私も風邪をひいて、咳が止まらなくて困ったときがありました。
やはり、ちょっとした気のゆるみから風邪をひき込んで、咳がひどくなってしまいました。
一度咳をすると止まらなくなり、長引いて息が苦しくなるような・・・そんな状態でリサイタルの日を迎えました。
「演奏しているときに咳が出たらどうしよう」
「舞台で咳がとまらなくなったらどうしよう」
不安でいっぱいでしたが、自分の責任ですから仕方がありません。
舞台袖で心配しながら見守っているスタッフの方に
ペットボトルの水を渡しながら
「舞台上で咳が止まらなくなったら、ハケてきますからよろしく」と言うと
「大丈夫です。ペットボトルをもって舞台に駆け付けますから!」と送り出されました。

緊張していたからか、舞台上で咳が出ることもなく
無事に演奏を終えることができました。
お客様に風邪をひいているということも、悟られることなくホッとした記憶があります。

体力があれば、気力も自ずとついてきます。
身体を整えて、本番までの調整をしていくことは、自分自身をオーガナイズすることです。
音楽家も日常生活を営む一般生活者です。
いま、何を優先するのかを決めながら全力で生活者と音楽家を両立していくこと。

私のこれからは、生活も音楽ももっともっと充実させていきたいと願っています。
そのために、工夫できることを増やして試したいです。
豊かな60代を目指して。

楽しそうに弾いている自分・・・
よく見ると好きなモノばかりがちりばめられています





2026/03/20
79「季節の変わり目は急停車・急発進に注意」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

春分の日。

二十四節気・春分

祝日の今日は朝から気温が上がらず雨模様になりました。

昨日、東京で桜の開花宣言があり春本番かと思いきや、こうして気温が下がると寒暖差に体調が乱れがちです。

今年は寒暖差がいつもより激しいような気がするのは、なぜでしょうね。

それでなくとも年度が替わる時期ですから、まとめの時期、新しい環境、細かい書類作業など、ストレスを感じやすいことも重なって自律神経に負荷がかかります。交感神経が働き続け、身体が緊張した状態が続くということです。血管が緊張して流れが滞り、動悸、イライラ、落ち込みなどの不調。身体が緊張して食欲不振、下痢や便秘、睡眠障害などの影響もでてきます。


どれも今の私に当てはまるような症状ばかりです・・・

 

ふとした気のゆるみから風邪をひき込み、回復まで時間がかかりました。

決まっていた予定は気合で乗り越えられたのですが、なぜかすっきり治らないのはトシのせいなんでしょうか・・・

考え出すとネガティブになっていくのでストップします・・・


少しでも解消するための第一歩は、「深呼吸」

とりあえずゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐く。

3回繰り返すことができれば、確実にラクになります。

それだけで充分。


以前はそんなことすらできずに、アタフタと予定をこなし、無理をして体調を悪化させて、それでも頑張れると突っ走っていました。

でも、それは体力があったから、そういう無理ができたから。

今は自分が倒れたら、だれも面倒を見てくれないので、自分で管理するしかありません。

一人で倒れていたら、色々な人にご迷惑をおかけするのは目に見えています。


これからは、「どのようにブレーキをかけたらよいのか」を学ぶことが必要のようです。

急停車・急発進しないように、自分のことを観察する余裕を持ちたいものです。


 



2026/03/19
78「突然の喪失」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「いってきます」

「いってらっしゃい、気をつけてね」

私はその会話を最後に、二度と生きている夫に会うことができませんでした。

一番恐れていた別れ。

一番記憶に残したくなかった出来事。

今から3年前に、父の余命宣告を受け止めながら過ごしていた日々での出来事でした。


「余命」という言葉を聞くのも重くて苦しいけれど「突然」という別れも苦しいものです。

小説やニュースの出来事のようなことが、現実に自分に起こっていることに混乱し、不安にさいなまれ、絶望し、慟哭すると同時に、とんでもない数の連絡と手続きに決断を迫れられて、ごうごうと流れる激流に流されていく感覚がありました。ただ、その流れに流されてはいけない、自分自身である程度コントロールしなければ、という思いが沸き上がってきたことを覚えています。

そしてそのことを可能にするために、外部に対して氷のように感情を密閉することにしました。

私の場合は、そうすることで様々な手続きと日常生活を進めることができましたし、大量の決定事項を忍耐強く勧めることができました。


実際に手や身体を使って進める手続きは簡単です。

目に見えて進捗がわかるからです。

しかし、心は自分でもわからないものです。

自分自身でよく観察し、自分に問いかけ、自分の許容範囲を正確に判定しなければ、自身が病んでしまうのは簡単なことです。


今、しなくてはならないこと。

今、決断しなければならないこと。

少し待っても良いこと。

時間に任せればよいこと。

 

混乱した状況の中で、少しでも冷静に要られたことは、私がライフオーガナイズを学んでいたからだと思います。


私の母は、自分の両親亡き後の相続手続きで困難な状況が2年ほど続きました。

今まで世間知らずだったことが禍になり、精神的な負担が大きかった様子でした。

それでもなんとかすべてにきちんとカタをつけて「無事に終えられたわ」と手紙で知らされた時は私もホッとしました。

私自身はドイツ在住時だったので何も手助けができませんでした。

束の間、落ち着いた時期を過ごしたと思ったら、肺がん末期の宣告。

ストレスが、がん発症の一番のリスクということは本当のことです。


「喪の作業」は思っているよりも負荷がかかります。

外からは見ることのできない、深い悲しみと回復作業が行われていることに、他人は気づくことができないのです。

私は自分がこういった経験をするまでに、どれだけ他の人のことを傷つけたんだろうか・・・と苦しく思います。

その人に、ちゃんと「共感すること」ができなかったですし、「思いを寄せる」ことができなかったように思います。


「喪の作業」は本当に深くて重くて苦しいものです。

私は自分の辛さや自分の経験を、他の人と比較をしないと決めています。

その人なりの「喪の作業」があり、その人自身の「回復段階」があること、そしてその期間はその人によって何年もかかるということ。


あれから3回目の4月がやってきます。

私の「喪の作業」はまだまだ続きます。

多分一生。

それが私の生きる道だと思っています。

 


2026/03/18
77「お彼岸に亡き人を語る」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私は仏教徒ではありませんが、日本の生活の中に自然に取り込まれている風習や季節を感じることには敏感でいたい、といつも思っています。

昨日から彼岸入りです。

お中日は春分の日(20日)、彼岸明けは23日です。

お彼岸は年に春秋の二回あり、あの世とこの世が近くなると言われています。

そのため、お墓参りをしたり仏壇にお花を飾って亡き人の話をたくさんする時期とされています。

親戚や友人が集まって昔話に花を咲かせたら、「思い出してくれた!」と思って亡き人は喜ぶでしょうね。

私は一足先に、友人に付き合ってもらってお墓参りを済ませました。

我が家には、家族ではないけれど思い出す人が何人かいて、ふとエピソードを語るときがあります。

我が家の音楽を心から応援してくださり、私のリサイタルには小さかった娘たちの面倒を見てくださったりして素敵なジェントルマンでした。

ただ、仕事で一緒だった夫から漏れ聞くユニークな話も多くて・・・

心に残っているエピソードは、いつも集まる例会が木曜日だったのに、その月だけ水曜日に変わっていたのを忘れてお店の方に「あ、昨日終わりましたよ」と言われたことや、ダブルブッキングが当たり前だったのに、トリプルブッキングが発覚して周りが慌てたのに、本人からもう一つアポがあったことを知らされてクワトロブッキング(聞いたことない・・)だったり、愛犬が可愛くて「一緒のお墓に入る!」と決めて早々にペットと一緒に入れるお墓を購入してしまうなど・・・クスクス笑ってしまう小さなお話を聞くのがとても楽しかったです。


そこにいなくても人を笑顔にさせることのできる人。

そんな人に憧れます。


先日スーパーで見かけた「ぼた餅」(春はぼた餅、秋はおはぎと言います)は大きすぎて食べきれる自信がなかったので買いませんでした。

その代わり、桜色の和菓子を買って帰りました。

このお彼岸中に、ゆっくり緑茶を淹れて味わいたいと思います。

春のお菓子ってちょっとワクワクしますね。



2026/03/17
76「人の命をかんがえる・余命」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今の時代、余命の話やお墓問題、相続に関しての話題が少しだけオープンに語られるようになってきた気がします。

老後の資金について、空き家問題、少子化・超高齢化社会の重さなどが、私のような一般的な生活者にも気づいてしまえるような状態になってきたからかもしれません。または、自分がその問題を通り抜けてきて、自分事としてとらえられるようになったからかもしれません。


【余命】という言葉を聞いたのは母を亡くすときに初めて聴きました。

「余命半年です」という医師の言葉を父が私に伝えました。

そのとき私は全く想像がつかず「1年以内なんだ」というボンヤリとした気持ちでした。

4か月後、母が自分で病院に連れてってくれといって入院した時も、私は「長い入院生活になるかも」とのんきに入院必需品を買いに行った覚えがあります。入院後に父と一緒に医師に呼ばれて聞いた言葉は「今日か明日・・・」と最後まではっきりと聞き取れませんでした。結局私の買ったものは何一つ使われず、入院の翌日に母は逝きました。母と仲の良かった叔母が、病院の売店で買ってくれた紫の小花模様のパジャマが似合っていました。喪主が父だったため、私は夫とともにアシストする役目でした。

父の気持ちまで心が追いつかなかったことを覚えています。


父の場合は「あと1~2週間くらいです。1か月は持ちません」と言われました。

それが長いのか短いのか・・・その時の私には全く想像がつきませんでした。

ケアホームに入居していたので、すぐに「看取り期の介護契約」に切り替わっていきました。

とにかく私は父が安らかに過ごせるように、今生に悔いなく安心できるように、ヴァイオリンをもって毎日のように父を訪ねました。

結局父は、3週間半で逝きました。


そのとき私は「お医者さんの見立てというのは、すごく正確なんだなぁ。プロなんだなぁ。」と尊敬の念をもって思いました。

私たちには見えないその人の体の状況を把握して、正確に判断して家族に伝えることができるのは、知識と多くの経験なのでしょう。

どちらの日々も、とても重くて辛い日々でした。

いつ連絡があるのかわからない状態は、常に精神が臨戦態勢です。

そして、その先のことも準備しておかなければならないことも辛さに拍車をかけます。

葬儀に至るまでの手順やその後の膨大な手続き、後片付け、様々なケア。

私はどんなに辛くても予備知識として、頭に入れておくことは大切だと思います。

決められた順序があるならば、そのまま機械的に作業を進めること。

深く思いを巡らすことをせず、他のケアをすると決める。

自分は大丈夫か。

他の家族は大丈夫か。

連絡漏れはないか。

やるべきことはしっかりできているか。

傍から見れば、なんと冷たい娘なんだろうと思われることもあったかもしれません。

母のときには、祖父の葬儀経験が役に立ちました。

父のときは母の葬儀経験がそのまま活かされました。

25年の月日が経っていましたが、亡き人を収める手順に大きな変わりはありませんでした。

当事者として、決めなければならないことや、手続き関係をこなすのは大変なことですが、それも身内だから最後はしっかりと見送りたい、という一念でした。



今は年度末。

一つの区切りを感じることも多い季節です。

私自身は人生の先を追いかけて急いでいるように思えるときもありますが、生きるということはそういうことなのかもしれない・・・と静かに思う日々です。

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