塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
 

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2025/04/09
99「変わっていく時間・50代から学ぶ時間のオーガナイズ」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

目まぐるしく過ぎていく毎日。

せわしなく、急き立てるように過ぎていく時間。

気がつけば1日が終わっていた。

やらなくてはならないことに追われて、やりたいことができなかった。

満足度、達成感の気持ちが少ない。


よくわかります。

その気持ち。


私の場合は、自分でかなり無理をしていても、

苦労しているようには思われなくて

「できる人はいいわよね」

と言われてしまうことが多々ありました。

え~・・・後ろで必死に耐えてたんですけどなぁ。

いろんなことに押しつぶされないようにって。

でも、ちゃんと自分の喜ぶ時間は確保していました。

ちゃんとね。

それが大切なんです。



2年前の4月に身近な人を2人、

12日の差で亡くした時も、

取り乱すこともなく、

粛々と悔いないように万事を取り仕切りました。


「普通じゃないよね、この状態」

と娘たちと話しながら、

周りの好奇の目を意識しながら過ごしました。

「負けてたまるか」

そんな意地もあったかもしれません。

日々を重ねて、

そのうち周りも慣れてくると、

ふとした瞬間に放たれる言葉にドキリとして

「あれ、この人は知っている人か、知らない人か?」

と警戒心が強くなりました。

警戒すると心拍数が上がるので、呼吸が乱れます。

今はあまりドキドキすることもなくなりましたが、やはり気をつけていないと呼吸が浅くなります。


それらのひとつひとつに、どれだけの時間がかかっていたでしょうか?

2年という時間の中では、とうてい消化することのできない自分とのすり合わせ。

乖離している自分の気持ちを一番にわかるはずである、自分を掘り出していく時間。


それが私にとってブログチャレンジだったかもしれません。


春にむかって華やかに彩られる世の中に、

ちょっと乗り遅れている私。

春という季節の軌道に乗るのは難しいです。

きっとこれからも。


急ぎすぎると心が悲鳴をあげます。

その声を、耳を澄ませてひとつずつ。

今日できなくたってかまわない。

きっといつかできるはず。


急ぎすぎると心が壊れます。

「壊れる」とは心のコントロールができない悲劇。

焦らなくても大丈夫。

少し遅れたってリカバリーできるはずです。

世の中、そんなに厳しいばかりじゃない。

30代、40代はちょっと無理をしても、

頑張っても大丈夫でした。

体力も気力もあるし、なにより命にパワーがありました。

50代、ちょっと気をつけていきたいと思います。

ブレーキを踏むということがどういうことか、

改めて意識していきたいものです。


時間について「困ったな」と思ったら相談してください。

一緒に考えましょう。

時間はその人によって意識が違いますし、

年代によって使い方にも個性が出てきます。

でも、どんな方でも時間を可視化してみることが大切です。


「ふむふむ、この時間帯に手持ち無沙汰になるのね」

「お、この時間はとても頭が回る時間」

「この時間は眠い」


ご自分のクセをみつけて、

ご自分を味方にして、

時間を伸び縮みさせてみましょう。

80歳まで美しく生きるために。


2025/04/08
98「曲目解説・パッサカリア(ビーバー)」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日も少し曲目解説をいたしましょう。

ビーバー(1644-1704)作曲「ロザリオソナタ」より パッサカリア


この曲を聞くのであれば、聖書のお話を少し知っているほうがより理解が深まるでしょう。以下は私の解釈なので専門的ではありませんが、ほんの少し理解の手助けになればと思います。

【聖書】というのは大きな物語です。

旧約聖書に書かれていることは、どうやってこの世が始まったのか、この世に生きるための約束事や言葉の違う様々な民族の歴史、教訓を含むたとえ話や格言、自分たちを守る救い主が現れるだろうという預言にいたる壮大なストーリー。新約聖書はその預言がどのように成就していったのかを、イエス・キリストの生涯をたどりながら語られています。マリアというのはイエス・キリストの母。母の中でも特別な存在として聖母マリアとも呼ばれます。

そのマリアの受胎告知から戴冠までの15の秘蹟を表した曲集がビーバーの作曲した「ロザリオソナタ」と呼ばれるものです。

ロザリオって?

「アヴェ・マリアの祈り(天使祝詞)」を数えながら、イエスの出来事を黙想する祈りのサイクルのこと


15の秘蹟とは?

  • 喜びの秘蹟5つ(受胎告知・エリザベト訪問・キリスト誕生・聖殿への拝謁・12歳のイエス)


  • 悲しみの秘蹟5つ(イエスのオリーブ山における苦悶・イエスがむちうたれる・イエスにいばらの冠がかぶされる・イエスが十字架を背負ってゴルゴダへ・イエスが十字架にかけられる)


  • 栄光の秘蹟5つ(イエスの復活・イエスの昇天・精霊が現れる・マリアの昇天・マリアの戴冠

それぞれの秘蹟に対して7分前後の曲が書かれています。

このうち第1曲目以外をスコルダトゥーラという調弦の違う楽器で演奏されます。

調弦が違うということは、いつも耳慣れた音とは全く違う音が起点になるということ。

これは古楽器の分野なので、同じヴァイオリンの形態をしていますが私自身は弾ける自信がありません。

ただでさえ、古楽器になると基本となる「ラ」の音が
442Hzから430Hzに変わったりするので、私にはどの音が何の音なのかさっぱりわからなくなる現象が起こります。

特に11曲目は4本の弦の中央2本を入れ替えて演奏する・・という超絶技巧・・・。まったくもってお手上げです。

余談ですが、

これはビーバー自身が、何か特別な意図をもって作曲したに違いないのですが、私には難解すぎます。

ただ、何か数字が関係してくるような気がしています。

キリスト教には数字に関することが多く存在するので、これから気長にじっくり考えていくのも面白いかもしれません。


15のソナタ後に作曲される「パッサカリア」は、通常の調弦で演奏します。

秘蹟を受けたことを静かに感謝するようなヴァイオリンソロ。

全曲を通してヴァイオリン独奏で演奏されるのは、この「パッサカリア」だけです。

《ソ・ファ・ミ・レ》という下降するテーマが65回繰り返され、様々な音型とリズムが変奏されます。

演奏時間は、この「パッサカリア」だけ9分強の長さがあります。

オリジナルの楽譜には守護天使と幼子の絵が描かれており、守護天使の祝日を表しているといわれています。

あなたの傍には、守護天使がいるから大丈夫ですよ、という暗示でしょうか。
この曲がのち、バッハ作曲の壮大な無伴奏ヴァイオリン曲へと発展していく先駆的なものといわれています。


少し専門的で難しい内容だったかもしれませんね。

でも、こんなお話を少しずつ易しくお伝えしていきますので、コンサートに立ち寄ってくだされば嬉しいです。

クラシック音楽を聴くだけではなく、知識を蓄えながら、さらに一歩先のコンサートへ。


私の音楽を聴きに来てくださるみなさまを

次のステージへお誘いすることができれば最高だと思っています。


2025/04/07
97「イザイという作曲家をご存じですか?」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。



ウジューヌ・イザイ(1858年-1931年)という作曲家はご存じですか?


ベルギーのヴァイオリニスト・作曲家。

1937年からイザイを記念した「イザイ国際コンクール」が開催されのち「エリザベート王妃国際音楽コンクール」となる。


ヴァイオリンを学ぶものならば、高校生くらいになるとイザイの無伴奏を勉強します。

バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ・パルティータの6曲に影響を受けてイザイも6曲の無伴奏ソナタを作曲しています。

巨匠バッハの作曲した無伴奏曲を当代の名演奏家シゲティが演奏したものを聞いて、
その日のうちに6曲のスケッチを仕上げたと言われるほどイザイには大きな刺激となったのでしょう。

それぞれの曲は、当時のヴァイオリンの名手であった6人の演奏家にささげられています。


各曲の作風は、演奏家のことを思って作曲されたので個性的。

演奏家同士でどの曲が好きか、弾きにくいか、談義するのは楽しいです。

私の師匠は3番が得意でとてもナチュラルに演奏されます。

フランスで長く研鑽を重ね、ちょっと日本人離れした感覚を持つ師匠。

その自然な流れとエスプリを理解するのが難しくて、

当時高校生だった私はイザイが(ものすごく)苦手でした。

技術的にも難儀なことが多く
「私はイザイは弾けない」と思っていました。

その後の留学時代、ドイツ人の師匠は

「イザイはヴァイオリニストだったから、我々が弾けないような曲を作っていない。指の形も考慮されているから、それを理解すれば難しいことはない」

と言って、音程の取り方を丁寧にレクチャーしてくれました。

ただ・・・私はそれほど手が大きくないことと、肉厚ではないので二弦を同時に抑える5度音程には苦労しました。

それでも、しっかりと音の組み立てを理解すると
以前のナチュラルな部分やエスプリの部分が
単なる感覚的なものではなく
きちんと作曲された音になかに含まれていることに気がつきました。

今回の昼休みコンサートで演奏するイザイの無伴奏曲は第5番1楽章。

マチュー・クリックボームに献呈されています。

彼はイザイの一番弟子でした。


このソナタは自然への賛美や詩的で即興的なイメージが強く、拍子の感覚が希薄です。

そのため、演奏する方は逸脱しすぎないように、きちんと音楽の行き先の手綱を握っていなければなりません。

この第1楽章の題名「オーロラ」とは仏語で夜明け(または曙)。

夜明け前の静けさから、自然が緩やかに目覚め、陽光がキラリと輝く瞬間、鳥たちがにぎやかにさえずり始めるころ

太陽が力強く登っていく様子を表しています。




2025/04/06
96「レコードの思い出」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


我が家にはレコードのLP版が50枚くらいあるでしょうか。

ターンテーブルもあります。

どれもちょっと埃をかぶっているし、

ターンテーブルを動かすには手順があるので、

その説明書を読むことから始めなければなりません。


私はレコードを聴いて育ちました。

LP版もドーナツ版も聴きました。

ドーナツ版は幼稚園の私でも操作させてもらえて、

ドキドキしながらレコードを聞いていた記憶があります。

「アタックNO.1」や「アテンションプリーズ」の主題歌をエンドレス聞いていました。

聞くだけでなく大声で一緒に歌っていました。


ドーナツ版用の穴に合わせたアダプターをカチリとセットし、回転数45のスイッチを入れます。

その操作を間違えると回転数が違うためにヘンテコな音楽が聞こえてきます。

たまにわざと間違えて、クスクス笑いながら聞いていました。

(家族は見て見ぬふりをしてくれていました・・・)

ボール紙で作られたケースの中に入っている薄いビニールから

そっとレコードを取り出して、

ターンテーブルに置いてスイッチを入れて、

そーっと針をレコードに置く瞬間。

時々手が震えて針を落としたりして・・・

一人で焦っていた記憶がよみがえりました。


そうそう、ペラペラのソノシートもありましたね。

赤や青のキッチュな色が印象的でした。

雑誌などの付録についていて、お話の一部を聞くことができました。

音楽というよりラジオに近い感じで聴いていました。

何度も繰り返し聞いて、内容も丸暗記していたような気がします。


一回目に実家の家じまいをしたときに、思い入れのあるレコードだけ物置から掘り出して新しい家に運び込みました。

いつかゆっくり聞こうとクローゼットに置いてありましたが、

父が亡くなって行き場を失ったレコードたちを、今度は私が引き取ることになりました。

100枚近くあったのですが、その中から選びぬいて50枚ほどにまとめました。

どれも思い入れのあるものばかり。

たとえば

父と母が好んで聞いていた4枚組のムードミュージック曲集。

母が感激したワーグナーのオペラ「ローエングリン」の全曲集。

巨匠カラヤン指揮のベートーヴェン交響曲全曲集。

私が中学生くらいの時に勉強のために買ったハイフェッツやシェリングのヴァイオリン協奏曲の数々。

姉が大事にしていたリムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」やウェルディの「レクイエム」。

父がモスクワの空港で買ってきたチャイコフスキー交響曲第5番の素晴らしい演奏。

などなど・・・

どれもエピソードを語れるくらいお気に入りの物たちです。

私のお気に入りは、ムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」。

A面がオーケストラ版で、B面がピアノ独奏というとても贅沢なレコードでした。

「今日はどちらを聞こうかなぁ」

と選ぶ楽しみがありました。


今の世の中は、手軽に音楽を聴くことができて、操作をしなくてもエンドレスに聞いていることが可能です。

レコードは全曲聴くためにひっくり返さなければならないし、

レコードに傷がつかないように慎重に針を落とさなければならなかったり。

とにかく手間がかかります。

あの時代、みんなそれを当たり前のように、手間暇をかけて音楽を聴いていました。

ちょっと懐かしい思いに駆られますが、私は今の時代の音楽の聴き方も好きです。

この原稿を書きながらYouTubeで延々とカフェミュージックを流しているのは、

これもまた本当に贅沢だなぁとも思うのです。


そういえば、

長女が大学生の時に、学校近くにレコード店をみつけて興味津々で眺めに行ったそうです。

何を買うわけでもなく、

探すでもなく、

レコードというものをただ見たかったそうです。

今の若者のなかにもレコードに関心を寄せる人がいるらしく、名盤はかなりの高値で売買されているとか。


次の休日には、

両親の好きだったレコードをかけてみるために、まずは説明書を読んでみようかしら。


「アルプスの少女ハイジ」はドイツに住んでいた時に見ていました。



2025/04/05
95「時間は平等・でも公平じゃない」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


子育ての時期を経て、少し時間の流れが緩やかになりました。


【頑張りどき】って誰にでもあると思います。

とにかく時間がない、時間に追われる、細切れの時間を日々に詰め込む。

私の場合は、一回目が娘たちが小学校中学校の頃。
そして、二回目が父の介護に追われた頃。

そんな中で、私の場合は何を削るかを一生懸命考えました。

睡眠時間?

自分の時間?

練習時間?

それぞれのタスクに合わせて工夫しました。


私が唯一譲れなかった時間が「自分への時間」


その定義は様々ですが、私にとっては「現実逃避できる時間」でした。


  • リハーサルのためにでかけるならば、少し早く家を出てコーヒーを飲む時間を作る
  • 帰り道に本屋さんによって、5分だけぶらりと新刊書をながめる
  • 寝る時間を少し遅らせて、読みかけの雑誌に目を通す
そのほか、小さな「現実逃避時間」を作っていました。

ほんの少しのことですが、私にはとても大切なことでした。

その時間を取ることができれば、どんなに時間が迫ってきてもあわてる必要がありません。

自分の時間を取れなければ、予定を削除すればよいだけですから。

そして、自分が手に負えないことは、必要のないことなのですから。

すべてを手の内に入れて生きることはできません。

その時自分が必要としていること、自分が必要とされていることを黙々とこなせばよいことです。


私は二度目の【頑張り時】のピークを少し過ぎたころに、

ぷつり、と音を立てて振り子が切れました。

極限まで振り切って、振り子がどこかへ飛んでいってしまいました。

徐々に緩めていくはずだった振り子。

その準備はしていたはずでしたが、振り子自身が耐えきれなかったようです。

あてもなく、ユラユラと漂った2年間。

「時間」を味方にしながら

振り子を修復して、部品を取り換えて、ねじを巻いて・・・

動き出すにはもう少し時間が必要なのかもしれません。

それでも、流れていく時間を掬い取りたいと思っています。


私は時間が好きです。

誰にでも平等に与えられる1日24時間。

見方になってくれたら
本当に心強いですから。

でも、公平ではないのです。


え?どういうことかしら?

そう思われたら、私と一緒に「時間」について考えてみませんか?

「時間」はオーガナイズすることができます。
時間を味方にする方法を探してみましょう。