塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
 

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2025/01/24
24「ピアノ好きのヴァイオリニスト」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

指の動かない冬の季節。
まだまだ寒い日が続きますね。

私の場合、練習を始めるときに
ちょっと気持ちがヴァイオリンに向いていないときは
ピアノを弾いています。
ピアノの蓋をパカっと開いて鍵盤をさわれば音が出ます。
なんて簡単な!ピアノって最高~!

自分の弾けそうな(もしくは好きな曲の)曲集は
すでにピアノの上に置いてあります。

ドビュッシー:子供の領分
ドビュッシー:アラベスク
ドビュッシー:ベルガマスク組曲
ラフマニノフ:鐘(前奏曲作品3-2)

メンデルスゾーン:無言歌集

ベートーヴェン:ソナタ集
ブラームス:ラプソディ

今、練習しているのはショパンのエチュード作品10第1番。
ショパンはなかなか弾けるようにならないのでチャレンジ。
レッスンがあるわけでもなく、もちろん本番があるわけでもないので
仕上げることが目的ではありません。
でも大丈夫。
単純に楽しめばいいのです。

「ゆっくりだったら、なんとか最後まで弾けそう」
「そういえば、姉さんはあんな風に弾いていたなぁ」
「このフレーズは何度も出てくるからスムースに弾ける~」
「昨日より和声が頭に入っている~」
「弾ける、うれしい!」

それだけで充分。

耳が音に慣れてくると、
自然にヴァイオリンの音を創りたくなります。
ピアノの両手で鳴らす音の多さと
ヴァイオリンの一音で鳴らすことのできる音の数は全く違います。

ピアノ曲のある一部分をヴァイオリンに任せるとしたら
どんな音にしようかしら?
どんな風に弾こうかしら?

そんなことを思いながら
徐々にヴァイオリンの練習へとシフトしていきます。

それもこの時期だからできること。
準備時間にじっくり時間をとれるからこそ。
大事な時間です。

コンサートが迫ってきたら
準備運動練習もそこそこに
曲を仕上げることに焦りまくります。

「計画的にやろうよ、自分💦」
本番前に何度つぶやく言葉か・・・

今年は少し、練習方法のアプローチも変化させていこうかと思案中です。




2025/01/23
23「ヴァイオリンで人生が豊かになるには」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

ヴァイオリンの先生として私は厳しい方かもしれません。
弾ける、弾けないという指導よりも
お行儀や態度、道具への丁寧さを求めます。

「ヴァイオリンは自分で持ってレッスンに来ましょう」
「脱いだ靴は自分でそろえましょう」
「楽譜は丁寧に角をそろえて譜面台におきましょう」
「ヴァイオリンは丁寧に扱いましょう」
「先生が話すときはきちんと先生の顔をみましょう」
「先生が話し始めたらすぐに弾くのを止めましょう」
「レッスンのはじめとおわりにきちんと挨拶しましょう」
「レッスン料は生徒が自分で御礼とともに先生に渡しましょう」
「玄関でのさよならのあいさつはしっかりとしましょう」

生徒さんはもちろんのこと、その親御さんにもきちんとした態度を求めます。

え~・・・メンドクサイ・・・
そう思いますか?
でもこれって、普段の生活でも必要なことですよね。
社会生活の基本的なことばかりをレッスンに置き換えているだけです。

一見当たり前に思えるような事でも
流れるような動作になるまでには時間がかかります。

でも、覚えてしまえば様々な場所で応用が利きます。
そして、自信になるのです。
どんな緊張する場所に行っても、同じ手順であれば安心できる。
たとえ国を越えて海外に出ていったとしても通用します。

芸事は型から学ぶ

基本がしっかりとできていれば
その後は自在に自分を変化させることができます。

私の生徒さんは、初めは驚くものの
だんだんと習慣化されて
当たり前のように落ち着いたレッスン受講態度になっていきます。
始めはできなくて当たり前。
でも、レッスンに通うことによって徐々にできるようになっていきます。
子どもはもちろんのこと、大人でも同じことです。

ヴァイオリンを弾くことだけが目的ではないレッスン。
ヴァイオリンとともに豊かな人生を歩むお手伝い。

そんな先生になろうと改めて思っています。






2025/01/22
22「コンサートを妄想する」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

寒い時期はひきこもって勉強しよう、と決めて
引き籠りすぎて久しぶりに外へ出かけたら
フラフラしてしまった私です。
さらに、会議でマイクをもって話さなければならず
自分の声のトーンが暗すぎて焦りました💦
何事もほどほどにしないといけない・・と反省です。

音楽家は演奏することがアウトプットなので
意識して時間をつくりながらインプットすることも大切です。
演奏技術方法、音楽教育、音楽史、世界史、日本史、楽譜の読み込み
音楽理論、絵画、文化・・・際限なく広がっていく・・・

私は今、様々な曲を聞きながら
どんなプログラムができるかを考えています。
「子どものためのコンサートだったら
あの曲とこの曲を組み合わせて、どんなお話をしようか・・・」
「自分を追い込むようなチャレンジコンサートをするならば
あの曲を勉強してみたいなぁ・・・」
「絵本コンサートの短いバージョンだったら
どんな曲が良いかなぁ・・・」

妄想ですね。

この時間が私には重要だったりします。

楽譜を眺めながら時代背景を調べ
自分の話を膨らませるような共通点を探したり
作曲家の時代と今の時代を比べてみたり
あれこれ妄想を広げていくと
楽譜や本の中に埋もれていて
他の生活業務が中途半端に転がっている状態です。

オーガナイズが必要だなぁ・・・
と思ったときは
自分で自分の状態を俯瞰して
自分のホームポジションに戻る。

ヴァイオリニストとライフオーガナイザーを
行ったり来たりしながら進む毎日は
自分を実験台にして
自分に問いかけながら
自分自身を収めていく。

引き籠りすぎてもいけないけれど
インプットなしでアウトプットはできない・・・
生きていくということは
なかなか難しいものです。







2025/01/21
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

カーボンボウ(弓)をご存じですか?
弓は本来、フェルナンブコという木を使用したものですが、
近頃はカーボン弓を購入し、使い分けて弾く方もいらっしゃいます。
過酷な演奏状況、通常とは違った弾き方を要求される場合などに便利です。
野外での演奏や大きな生音を必要としないミュージカルや演劇の演奏など。
私も時々、セカンドボウと決めている弓(安価な弓)で演奏をするときもあります。
弓の大掛かりな修理が必要な時は便利ですね。
あとは、カーボンボウは状態が安定しているので
自分の状態を確認するには利用価値がある、ということも言われているそうです。

とはいえ、初心者さんは木の弓をまずは使いましょう。
木の持っているしなやかさ、繊細さ、気候によって変化する弓の状況を感じて
楽器と弓が自分と一体になっていることを感じ取る訓練も必要だと思います。




2025/01/20
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私が幼い頃、発表会の記録はカセットが主流でした。
父が録音担当で、発表会の度に新品のカセットテープを購入して準備していました。
当時、私のヴァイオリンの先生と姉のピアノの先生が合同で発表会をしていたため
プログラムを見ながら、父がとても緊張していたことを思い出しました。

聞き返すのはもっぱら父のみ。
単純に演奏を楽しむだけなので、コメントはありません。
私も姉も、1回聞き返して自分の演奏について不満を漏らして終了…
次の新しい曲に興味が移ってしまって
まともに聞き返すことはほとんどありませんでした。

家族で駐在生活をしていたドイツから帰国した小学校5年生の冬。
古巣の厳しいヴァイオリンの先生にの下に、再び通うこととなり
帰国後2か月で曲を仕上げなくてはならず…
先生の叱咤激励に四苦八苦しながら迎えた発表会で
無事に弾き終えた後「ほぉ~、よくやった~」という父の安堵のため息が
しっかり録音に残っていたことが一番の懐かしい思い出です。

父は私たちの演奏を聴くのをいつも楽しみにしていて
録音したテープをいつまでも、ずっと聞き返していました。
私としては、間違えた個所を思い出したり、ドキドキしたことを思い出したりするので
繰り返し聞かれるのはとても苦手でしたが、父はどこを吹く風。嬉しそうに聴いていました。
カセットデッキもほとんど普及されなくなった後も、時々取り出して聞いていたらしく
たまに「この間、懐かしい曲を聞いたんだよ」と言われて「え…いつの?!」と絶句することもしばしば。
でも、カセットテープの劣化とともに、その回数は減っていたようです。

父の晩年、ふと「このテープをCDに焼きなおしたいなぁ」とつぶやいたことがあり
「それはなかなか難儀だわ。でも、いつかできるといいね」と何気なく答えましたが
忙しさに紛れてその願いは叶わず。
終の棲家となった家の二階に、大量のカセットテープが入ったケースが鎮座して
何度か聞こうと努力した形跡がありました。
その景色に涙しながらも
大量のテープを取っておく場所もなく、
家とともに私の幼いころの演奏は彼方へと消えました。

残しておいた方が良かったかしら?

私自身は、写真も録音も録画も執着がないので
無くなってしまってもがっかりするようなことはありません。
ただ、父がもう少し
私たち姉妹の演奏の成長を簡単に聴くことができたら幸せだったかなぁ、とも思います。

冬空を見上げながら
小学校5年生の発表会が1月末だったことを思い出していました。